つきのおばけとひかり
夜のまよい森は、月の光で銀色にそまります。
木の葉の影は長く伸び、風がゆっくりと枝を揺らすたび、森全体が静かに呼吸しているようでした。
その晩、コトリは森の小道を歩いていました。
ふと見上げると、まんまるの月が空に浮かび、柔らかい光を森の奥まで注いでいます。その月の光の中に、ほのかに動く影をコトリは見つけました。
「……あれ?」
月の光の下、細長く白い姿の小さなおばけが、ひらりと浮かんでいました。にんげんの形をしているけれど、体は薄く透け、まるで光そのものからできているようです。
『こんばんは。わたしは、つきのおばけ』
声は聞こえません。でも、コトリの頭の中に静かにことばが流れ込みました。
『夜の森を照らす月のかけら。眠れない子や、ひとりでさみしい人に、やさしい光を届けるためにここにいる』
コトリはそっと息をつきました。
「あなた……月から来たの?」
つきのおばけは、うなずくように光をふわりと揺らしました。
その光は、森の中の小道や苔むした石、小鳥の巣まで届き、まるで森全体を包むように広がっていきます。
『わたしは、夜に迷う気持ちをやわらげるためにいる。怖い夢やさみしい気持ちも、光で包んで、安心させてあげるんだ』
コトリは、森の奥に座り込みました。
月の光がコトリの髪を銀色に染め、つきのおばけの光と重なります。
まるで二人だけの世界のように、森は静かであたたかい空気に満ちていました。
「でも、ひとりでさみしくないの?」
コトリがたずねました。
つきのおばけは少しだけ体を揺らし、光の粒をひとつ落としました。
それは小さな輝きとなって、落ち葉の上でふわりと揺れました。
『ひとりじゃないよ。森の夜は長いけれど、誰かが見てくれた瞬間、その人の心に光が届く。それだけで、わたしは満ちるんだ』
コトリは光の粒にそっと手をかざしました。
触れた瞬間、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じます。
光はやさしく震え、コトリの手のひらでまるで生きているように輝きました。
そのとき、森の奥から、小さな影が集まってきました。
小鳥やリス、夜に目を覚ます小さな生き物たちです。
つきのおばけの光は、それぞれの影を照らし、森全体にやわらかい銀色の光を広げました。
『さあ、そろそろわたしは空に戻らなくちゃ』
つきのおばけはゆっくりと浮かび上がり、月の光と溶けるように森の上へ昇っていきます。
コトリはその後ろ姿を見送りながら、小さな声で言いました。
「また会えるよね?」
『もちろん。また眠れない夜に、光を届けに来るよ』
そう答えるかのように、森の空気がひとしずく揺れ、落ち葉の上の露がきらりと光りました。
コトリはその夜、森の中で眠りました。
夢の中でも、つきのおばけはそっと光を降らせ、コトリのまわりを優しく包んでいました。
朝になり、森を歩くと、夜の名残として、木の葉や小枝、苔の上に小さな光の粒が残っていました。
それは、つきのおばけが触れた証であり、森に生きるすべてのものにやさしさを分けてくれた印でした。
コトリは目を細めて微笑みました。
「ありがとう。あなたの光、忘れないよ」
そして森は、日中のざわめきに戻っていくけれど、夜になると、またつきのおばけがやさしい光を届けにくることを、コトリは知っていました。
まよい森はいつでも、月の光とともに、しずかに生きているのです。