時間をわすれたおばけ
ある朝、コトリは家の庭で小鳥たちの声を聞きながら、そっと考えました。
「きょうも森に行こう……」
まよい森は、いつもどこかふしぎで、何かを見つけられそうな気がするのです。
森に入ると、木漏れ日がふわりと落ち、苔むした道を照らしていました。
でも、森の奥の方は、いつもよりしずかで、時間が止まったように感じます。
「ん……?」
コトリが足を止めると、そこには小さな砂時計を抱えたおばけが立っていました。
体はうす紫色で、目は大きく、ちょっと困ったような表情をしています。
「こんにちは」
「……こんにちは」
声を出すと、おばけはそっと頭を下げました。
「君は、だれ?」
「わたしはコトリ。なにか困っているの?」
おばけはため息をつきました。
「うん……時間を忘れちゃったの」
「時間をわすれた?」
コトリは首をかしげました。
「うん。気づいたら、朝も昼も夜もわからなくなって……気がつくとずっとここにいるの」
おばけは砂時計を見つめ、砂が止まったままの状態でふわふわ揺れています。
コトリはそっと手を差し出しました。
「だいじょうぶ、一緒に時間を思い出してみよう」
コトリとおばけは森の中を歩きながら、一日を取り戻す旅を始めました。
まずは小川にたどり着きました。水面は太陽の光を映し、キラキラ揺れています。
「わあ、これが朝の光だね」
おばけは小さくうなずきました。
水に手をひたすと、ひんやりとした感触と一緒に、時間の感覚が少し戻ってくるようです。
次に、森の広場へ出ると、蝶々がふわりと舞っていました。
「これが昼の時間かな……」
おばけは嬉しそうに、手を伸ばして蝶を追いかけました。
「わあ、笑顔って、こういう瞬間にも出るんだね」
コトリも手を振りながら笑いました。
午後になり、森の奥深くにある小さな丘にたどり着きました。
そこには、ひとり静かに座るおばけたちがいました。
でも時間を忘れてしまったおばけは、丘の上で空を見上げ、月のような光の玉をじっと見つめていました。
「これは……夜の時間だよ」
コトリが言うと、おばけは小さく笑いました。
「月の光を見ていると、夜を思い出すんだ……」
コトリはおばけと一緒に、丘の上で夜の気配を感じました。
風がそっと吹き、木々がささやき、森全体が夜に染まります。
夜になると、おばけはふわっと立ち上がり、砂時計を手に取りました。
「ありがとう、コトリちゃん……時間を思い出せた気がする」
砂が再び流れ始め、小さな光がこぼれます。
「これで……一日が戻ってきたんだね」
コトリもほっと笑いました。
次の日、コトリが森を歩くと、昨日の時間を忘れていたおばけが、楽しそうに遊んでいました。
小川で水をはねさせたり、丘で空を見上げたり、昼も夜も自由に動きまわっています。
「コトリちゃん、また来てね!」
声が森中に響き、風にのって木々の間を駆け抜けました。
コトリは手を振りながら思いました。
「時間も、笑顔も、森の中で守られてるんだね」
そして今日も、まよい森の奥では、時間を忘れていたおばけが、小さな奇跡の一日を楽しんでいました。
まよい森はしずかだけど、確かに生きていて、笑顔と時間を守り続けているのです。