リスのおばけ
まよい森の秋は、木の葉が赤や金色に染まり、風がさらさらと落ち葉を舞わせます。
昼間はにぎやかな森も、夕方になると少しだけしずかになり、夕陽の光が木の枝の間に長い影を落とします。
コトリはその日、森の小道を歩きながら、ふと足元に落ちているどんぐりに目をとめました。
いつもなら拾わずに通り過ぎるのですが、今日は何かが違いました。
どんぐりの周りに、ちいさな気配が漂っているのです。
「……あれ?」
コトリが見上げると、木の枝の間に、ちいさなリスの姿がありました。
ただし、普通のリスとは少し違います。
光を帯びた毛が揺れ、目は宝石のようにきらきらと光り、体の輪郭はふんわりと透明です。
『わたしは、りすのおばけ』
声は聞こえません。でも、コトリにはその心が伝わります。
『ここには、だれも気づかない小さなやさしさを集めるために生まれたの。落ち葉のかげ、木の実の下、見えないところにそっと置かれるものたちを守っている』
コトリはそっと手を差し出すと、リスのおばけは枝から飛び降り、軽やかに手のひらにとまりました。
手のひらに触れると、温かさと小さな弾むような力を感じます。
まるで、森の中の小さな希望を全部ひとつにまとめたような感覚でした。
『小さなものは、だれにも見えないからこそ大事なの』
リスのおばけは言葉を使わず、毛の光や動きで伝えてきます。
コトリは頷きました。
「わかるよ。わたしにも見える」
そのとき、森の奥から、ふわりと影が現れました。
ちいさなウサギのおばけや、森の夜に光るホタルのおばけです。
リスのおばけはその仲間たちと共に、落ち葉の間に散らばった小さな宝物をひとつずつ集めはじめました。
落ち葉の下から見つけた小枝や、落ちかけた木の実、道に落ちた小さな羽……
リスのおばけはそれらをていねいに、そして楽しそうに運びます。
集められた小さなものたちは、夜の森の中でやさしい光を帯び、まるで小さな星座のように並んでいました。
『小さなやさしさは、失われない。わたしたちがそっと守るから』
コトリはその光景を見て、胸がじんわりとあたたかくなるのを感じました。
森のすべての小さな存在が、リスのおばけたちの見守りで安心しているように見えます。
やがて、森の奥の丘に着くと、リスのおばけは光の粒をひとつひとつ飛ばしながら空へ舞い上がりました。
粒は夜空に溶け込み、星の光のように瞬きます。
そのたびに森の中に、小さなやさしさが散らばっていくのです。
コトリは手を広げ、光を受け止めました。
落ち葉の間から、川のせせらぎに映る光、木々の間に差し込む月の光……
それらすべてが、リスのおばけが運んだやさしさだと思うと、胸の奥が温かく満たされました。
『迷子になった心や、だれかに届かなかった小さな気持ちも、こうして見守っている』
コトリはそっとつぶやきました。
「ありがとう。わたし、わすれない」
リスのおばけは羽を広げるふくろうのようには飛べません。でも、森のすみずみを駆け回り、葉の上に、枝の上に、あらゆる小さなやさしさを届けます。
その姿はしずかで、でも確実に、夜の森を生き生きと照らしているのでした。
夜が深まるころ、リスのおばけはコトリの肩に軽く飛び乗り、しずかに森の奥へ消えていきました。
残された光の粒は、また新しいやさしさを運ぶため、森のあちこちに漂い続けます。
コトリは目を閉じ、森のしずかな夜を胸いっぱいに感じました。
「また会えるよね」
ふと聞こえる小さな葉の音や、枝の揺れる音。
それは、リスのおばけが今日もまよい森の小さなやさしさを運びながら、しずかに見守っている合図のようでした。




