夢のおばけと月の花
ある晩、まよい森は月の光にやわらかく照らされていました。
木々の間を通る風はひんやりとして、葉っぱがかすかに揺れる音が響きます。
夜の森はしずかですが、どこか息づくようなやさしい気配が漂っていました。
コトリはふかふかのマフラーを首に巻き、長靴で小道を歩いていました。
「夜の森って、ちょっと怖いけど、でもしずかで落ち着くなあ……」
足元の苔や小さな花々に目を落としながら、コトリは小さな灯りを手に歩きます。
すると、ふわりと小さな光が木の陰から現れました。
それは小さな夢のおばけでした。体は半透明で、月の光を映すようにきらきらと光っています。
「こんにちは、コトリちゃん」
小さなおばけはにこっと笑い、コトリに手を振りました。
「おばけ……?」
「そうだよ。ぼくは夢のおばけ。ぼくたちは、森の中に眠る小さな夢を集めて、夜が終わる前にお日さまに届けるんだ」
夢のおばけは、ふわふわと宙に浮かび、小さな光の粒をひとつずつ手のひらに集めました。
コトリは夢のおばけに導かれ、森の奥へ進みました。
そこには、夜にだけ咲く月の花が群れをなして輝いています。
花びらは透き通り、触れるとふんわりとした香りが漂い、小さな光の粒を吸い込むように揺れました。
「ここが、夢を集める場所なんだね」
「そう。森の夜に流れる小さな願いや思い出を、この花に届けるんだ」
夢のおばけは、花に手をかざして光の粒をそっと置きました。
花は光を吸い込むと、淡い銀色に光り、森全体がしずかに輝き始めました。
コトリも小さな手を伸ばし、苔の間に落ちている光の粒を拾いました。
手にのせると、ほのかに温かく、ふわりと心が軽くなるようです。
「わあ……夢って、こんなにあたたかいんだね」
「うん。誰かの小さな願いも、思い出も、こうやって守られてるんだ」
夢のおばけはにこにこと笑い、コトリの手をそっと握りました。
夜が深くなると、森の中で小さなおばけたちが集まり、夢を運ぶ準備を始めました。
「さあ、行くよ」
光の粒を胸に抱き、ふわりと宙に浮かんだおばけたち。
コトリもそっと手を振りながら見送りました。
「夢のおばけたちって、だれも見えないけど、でもちゃんと働いてるんだね」
「そうだよ。見えなくても、誰かの心の中に届いているから」
森を出ると、月が空高く昇り、森全体が銀色の光に包まれていました。
コトリは足元の苔や小さな花を見つめながら、しずかに歩きました。
森の奥で集められた夢たちは、夜明けとともにそっと世界のどこかへ運ばれていくのです。
翌朝、コトリは森に戻ると、昨日の夜のことが夢のように思えました。
でも、足元には小さな光の粒がほんのり残っていて、まるで「ありがとう」とささやくようです。
コトリはその光に手をかざし、心の中で小さくつぶやきました。
「ありがとう、夢のおばけたち……」
まよい森の夜は、今日もしずかに、でも確かに、小さな夢と願いを抱えながら生きています。
そしてコトリは、森の中で小さなおばけたちと交わしたあたたかい記憶を、そっと胸に抱きしめました。