まいごのおばけとかくれんぼ
ある夜のこと。
月はうすく雲にかくれ、まよい森の中はしずかに息をしているようでした。
風も止み、木々はただひっそりと揺れています。
コトリはいつものように小道を歩き、森の奥へ進みました。
「きょうは、どんなおばけに会えるかな……」
胸がわくわくして、足も自然に速まります。
森の中を進んでいくと、どこからか小さなすすり泣きが聞こえました。
かすかで、でも確かにそこにある声。
コトリは立ち止まり、耳を澄ませました。
「だれか……いるの?」
声のする方へ進むと、茂みの間から小さな影がちらりと見えました。
それはまるで、ちいさな灰色の雲のようなおばけ。
体はふわふわで、目はまんまる。泣いているように、ちいさく揺れています。
「どうしたの?」
コトリがそっと声をかけると、おばけはびくっと体をふるわせ、うつむいたまま答えました。
「……ぼく、道に迷っちゃったの……」
「まいごなの?」
「うん。あそこの森の奥のあそびばに行こうとしたら……ひとりで来ちゃって、どこにいるのかわからなくなったんだ」
コトリは手を差し伸べました。
「だいじょうぶ、わたしが一緒に探してあげる」
小さなおばけは、ほんの少し安心したように、ふわっと浮かび上がりました。
名前を聞くと、おばけは「モコ」と答えました。
「モコちゃん、じゃあ、行くところを一緒に探そうね」
森の奥は、月明かりだけが頼りの暗がりです。
木々の影が長く伸び、茂みの間には小さな動物たちも隠れているようでした。
コトリとモコは、ゆっくりと歩きながら、森の音に耳を澄ませました。
「ねえ、モコちゃん。耳をすましてごらん」
コトリがそう言うと、モコは小さな耳をピクピク動かしました。
風に揺れる葉の音、遠くで鳴くフクロウ、落ち葉がこすれる音……
「ほら、森の音もまいごのヒントになるかもしれないよ」
モコはうんうんと頷き、二人で森の中の音をたどり始めました。
足元でちいさな枝が折れた音に驚きながらも、少しずつ森の奥へ進みます。
しばらく歩くと、ぽん、と木の上から小さな鈴の音が聞こえました。
「なに……?」
コトリとモコは、音のする方へそっと近づくと、そこには小さなおばけたちがかくれんぼをしていました。
白い子、青い子、まるい子……みんな小さな鈴を持って、音をたてないようにしながらあそんでいます。
「こんにちは!」
コトリが声をかけると、おばけたちはびっくりして一斉に飛び上がりました。
でも、すぐににこにこと笑い、あそびにさそってくれました。
「ねえ、モコちゃん、こっちでかくれんぼしようよ!」
モコは最初少し恥ずかしそうにしていましたが、すぐにふわふわと輪の中に入りました。
コトリも一緒に、森の木々や落ち葉の間でかくれんぼを始めます。
夜の森はやさしい闇に包まれ、かすかな笑い声と鈴の音だけが響いていました。
あそんでいるうちに、モコはだんだん元気を取り戻しました。
「コトリちゃん、ありがとう……道に迷ったけど、こうして友だちとあそべるなんて」
「うん、森って、まいごでも怖くないんだね」
コトリは微笑みながら頷きます。
森の中で響く笑い声は、木々の間にふわりと広がり、暗い夜でもあたたかく感じられました。
やがて、あそびつかれたモコは、森の小道にそっと座り込みました。
「もう、道もわかる気がする」
コトリはモコの手をとり、一緒に歩きました。
夜空に浮かぶ月は、二人の影をやさしく映し、森を包む静寂の中で、迷子のおばけは安心して家に帰ることができました。
その夜、コトリが家に帰るころには、森はまたしずまり返り、木々の葉は雨上がりのようにしっとりと光っていました。
モコとあそんだ思い出は、コトリの胸の奥に小さな光のように残りました。
まよい森の夜は、今日も、おばけたちの声や音であたたかく、そしてほんの少し不思議に息づいていました。