ふしぎなごはんの森
ある日の午後のこと。
コトリは、こっそりとまよい森の中を散歩していました。
あの日から、まよい森はもうこわくありません。
細い木々のあいだから、鳥たちがひらひら飛びまわり、ふかふかの苔の上には木もれ日がこぼれて、きらきら光っています。
森は、まるでやさしくコトリをむかえてくれているようでした。
そのとき、ふわっと、風のにおいにまじって、とてもおいしそうな香りがただよってきました。
コトリは思わず立ちどまり、くんくんと鼻をうごかしました。
「……いいにおい!」
お腹がぐうっと鳴ります。
コトリはにおいのする方へ、ちいさな足でとことこと歩いていきました。
森の奥へすすむと、ひらけた場所に出ました。
そこには、小さな木のテーブルとイスがいくつも並んでいて、ぐるりとおばけたちがすわっていました。
まんまるのちいさなおばけ、長い耳のおばけ、ひとつ目のおばけ……。
みんなにこにこと楽しそうに、スープやパンやケーキのようなものを食べています。
テーブルの上は、まるでごちそうの森のようでした。
「こんにちは」
コトリが声をかけると、おばけたちはそろってにっこりし、イスをひとつ空けてくれました。
「ようこそ、おばけのごはん会へ!」
コトリはおそるおそる席にすわりました。
すると目の前に、まっ白なおかゆのようなものがのったお皿が、すっと置かれました。
スプーンですくってみると、ふわっと、においが変わりました。
ひとくち食べると、コトリは目を見ひらきました。
「あれ……? これ、知ってる味がする……」
それは、むかしおばあちゃんと食べた、やさしいおかゆの味でした。
「それはね、“思い出のごはん”なんだよ」
となりのおばけが、ちいさな声で教えてくれました。
「この森では、だれかが食べたいって願うと、心の中のごはんが出てくるんだ」
べつのおばけは、まっ黒なパンを大事そうに食べていました。
それは、かつてお母さんと夜にこっそり焼いた、ちょっと焼きすぎのパンだったそうです。
「ぼくたちは、もうそのときの人とは会えないけれど……このごはんを食べると、なつかしく思い出せるんだ」
おばけたちは、口々に自分の思い出の味を語りはじめました。
ひとくち食べては笑ったり、またひとくち食べては、しんみりした顔になったり。
そのようすを見て、コトリは胸がじんわりあたたかくなりました。
「食べるって、たいせつなんだね」
コトリがそうつぶやくと、まわりのおばけたちはいっせいに、こくんとうなずきました。
やがて、ごはん会がおわるころ。
コトリの前に、ちいさなガラスのビンが、そっと置かれました。
「これは“思い出スパイス”。さみしくなったときに、ひとふりしてごらん」
おばけたちはにっこり笑い、手をふって見送ってくれました。
コトリは「ありがとう!」と声をかけ、森をあとにしました。
家に帰る道すがら、コトリはわくわくしながら思いました。
「明日のごはんは、どんな味がするのかな……」