かさをさしたおばけ
ある日の夕方、まよい森に雨が降りはじめました。
細かい雨粒が葉っぱをたたき、ぽつぽつと小道に落ちます。
森の空気はひんやりしていて、土と苔の香りが混ざり、雨の匂いが静かに広がっています。
コトリは小さな傘をさして、森の中を歩きました。
水たまりに映る木々や、雨粒に揺れる葉っぱを見ていると、いつもと違う森の表情が見えて、心がわくわくしてきます。
「こんな雨の日に、森の奥まで行ったら、何が見られるんだろう……」
コトリは小道を進むうち、ぽつんと小さな光を見つけました。
近づいてみると、それは小さなおばけでした。
透明で丸い体に、ちいさな黄色い傘を差して、雨にぬれないように立っていました。
「こんにちは」
コトリが声をかけると、おばけはふわりと手を振ります。
「雨の日って、楽しいけどちょっとひとりはさみしいんだ」
おばけは小さくつぶやきました。
コトリはにっこり笑い、傘のふちを持ち、おばけと並んで歩きました。
雨粒があたるたび、ポツポツと水音が重なって、森の中に小さな音楽が生まれます。
おばけも雨にぬれずにうれしそうに揺れ、傘の下でちいさな笑い声をあげました。
森の奥にある小さな池のそばでは、もっとたくさんの雨のおばけたちが集まっていました。
水滴でできた透明な輪の中で、おばけたちは雨粒を跳ねさせて遊んでいます。
「見て、こんなにたくさん!」
コトリは目を輝かせ、そっと水面に手を伸ばしました。
おばけたちは雨の音でリズムを作り、葉っぱや小枝を叩いて森の音楽を奏でます。
「せーの!」
ぽちゃん、ぽちゃん。小さな水の音が、森の奥にやさしく響きました。
コトリも小さなおばけたちも、その音に合わせてくるくる回り、笑いあいました。
雨が少し強くなったとき、ひとりのおばけが小さな声で言いました。
「この雨が止んだら、ぼくたち、また森の奥にかくれちゃうんだ……」
「でも、また会えるよね?」
コトリが問いかけると、おばけはにこっと笑いました。
「うん、きっと。また雨の日にだけ、ここで会えるんだ」
その後、コトリは森の出口までおばけたちと一緒に歩きました。
水たまりに映る自分の影や、おばけたちの小さな影を見ながら、コトリはしずかに手を振りました。
「また来るね、雨の日に……!」
「待ってるよ!」
おばけたちは傘を小さく振って答え、雨の中にふわりと消えていきました。
家に帰ると、雨の音は屋根をたたき続け、コトリの心には森のやさしい時間が残っていました。
まよい森の雨は、ただの雨ではなく、小さなおばけたちとの秘密の時間でもありました。
雨が降るたび、コトリはまた、森の奥へ行こうと楽しみに思うのでした。