おばけのぬいぐるみと最後の夢
まよい森の奥。
小さな泉のほとりを歩いていたコトリは、草のかげに、くたくたのぬいぐるみが落ちているのを見つけました。
そのぬいぐるみは、ほこりまみれで色もあせて、片方の目はとれ、腕のぬい目もほどけてしまっています。
森の風にふかれて、ぽつんとひとりぼっちで横たわっていました。
「かわいそうに……だれかにすてられちゃったのかな」
コトリはそっと手をのばして、ぬいぐるみを抱きあげました。
すると、
「……ねえ、きみ。まだ、ゆめを見られる?」
かすかな声が胸のあたりからひびきました。
コトリは思わず目をまるくします。
ぬいぐるみの中から、小さな、透きとおるようなおばけがふうっと出てきたのです。
「ぼく、ずっと、だれかのぬいぐるみだったんだ」
おばけは少し照れたように笑いながら言いました。
「夜になると、その子のゆめに入りこんで、一緒に遊んだり、こわいゆめから守ったり、ないしょ話をきいたりしていた。でも、その子は大きくなって……ぼくのことを、わすれてしまったんだ」
コトリは胸がきゅっとしました。
おばけの声はやさしかったけれど、すこしだけ、風にとけるようなさみしさをふくんでいました。
「だからね、さいごに、もう一度だけでいい。ほんとうの、やさしいゆめを、だれかと見たいんだ」
おばけは、そう言って小さな手を差し出しました。
コトリは、その手をぎゅっとにぎりました。
「いっしょに ねむろう。わたし、いっしょに ゆめを見てあげる」
その夜。
泉のそばで、コトリとぬいぐるみのおばけは、ならんで目をとじました。
すると、すぐに夢の世界が広がりました。
ふたりは草の上をころげまわって笑い、空にうかぶ雲をつかんで、ふわりと飛びあがりました。
雲はわたあめみたいに甘くて、指先からほぐれると虹色の粉になってきらきら散ります。
湖のような池では、水のかわりに星の粒が流れていました。
コトリは両手ですくって、ぴかぴか光る星のしずくをおばけに見せました。
「ほら、きれい!」
「うん……きれいだね。こんなに楽しいゆめは、ひさしぶりだ」
夢の中でふたりは、時間をわすれるほどあそびました。
やがて、夢の空がゆっくりとあけはじめたころ。
ぬいぐるみのおばけは、コトリのほっぺにふわりとふれて、ささやくように言いました。
「ありがとう。きみのおかげで、ぼく、さいごのゆめを見られたよ。……これで、もう大丈夫」
そのとき、おばけの体がやわらかい光をはなち、そよ風にまじって空へとのぼっていきました。
まるで綿が空へとかえっていくみたいに、やさしく、しずかに。
朝。
コトリが目をさますと、となりに置いてあったぬいぐるみは、なぜかきれいにぬいなおされていました。
やわらかくふっくらとして、片目のボタンも、ぴかぴか光っています。
それはまるで、「ありがとう」と言っているように見えました。
その日から、ぬいぐるみはコトリのベッドのそばにずっと置かれることになりました。
もうおばけは出てこないけれど、夜になるとコトリはぬいぐるみにも布団をかけてあげます。
「今日も、たのしいゆめを見られますように」
ぬいぐるみの目はしずかにきらめき、森の奥で、風がやさしく答えるようにざわめきました。