ちいさなにじと雨粒おばけ
ある日の午後、まよい森に雨が降りはじめました。
ぽつぽつ、ぽつぽつ、と小さな雨粒が葉っぱや苔に落ち、しずくを作ります。
森の空気はひんやりとして、深呼吸すると木々や土の匂いが混ざった、やさしい香りがしました。
コトリは長靴をはき、雨傘をさして森の中を歩きました。
「雨の日の森も、なんだかきれいだなあ……」
雨粒が葉の上でキラキラ光り、苔の間を小さなしずくが転がっていきます。
水たまりに映る木々や空の色も、ふんわり揺れていました。
森の奥へ進むと、雨の中で小さな光が揺れるのが見えました。
近づくと、そこには小さな雨粒のおばけが浮かんでいました。
体は透明で、丸くて、雨のしずくのようにキラキラ光っています。
「こんにちは」
コトリが手を振ると、おばけもふわりと揺れ、笑いました。
「雨の日は、森の中の小さなしずくを集めるんだ」
おばけはひとつ、手にしずくを乗せて、ふわっと空中に浮かべました。
「集めたしずくはね、森の中に小さな虹を作るの」
コトリは驚きました。
「雨の中に、虹を作れるの？」
「うん。小さなおばけたちが手伝ってくれると、光が集まって、森にちいさな虹が出るんだよ」
そのとき、雨粒のおばけたちが次々と集まり始めました。
丸い子、長くてふわふわの子、透き通る子……みんな雨の中で浮かび、光を集めています。
「コトリちゃんも、手伝ってみる？」
「うん！」
コトリは手を差し伸べ、落ちてきたしずくをすくい、空中に浮かべました。
しずくは小さな光の粒になり、ふわふわとおばけたちの間を漂います。
小さな雨粒たちが集まると、空中に淡い虹色の光が現れました。
「わあ……ほんとに虹みたい！」
コトリの目は驚きと喜びで輝きました。
雨はだんだん強くなり、森の中に水の音が響きます。
けれど、コトリとおばけたちは楽しそうに光のしずくを集め続けました。
小川のせせらぎや葉の上のしずくも、みんな一緒になってキラキラ光り、森全体が淡い虹色で包まれます。
「雨の日って、ちょっとさみしい気もするけど、こうやって遊ぶと楽しいね」
コトリがつぶやくと、おばけたちはふわふわと宙を舞い、同意するように水しぶきを散らしました。
日が傾き始めると、森の奥は柔らかい橙色に染まります。
雨粒のおばけたちは光の粒を集め終えると、空に向かって小さく浮かび、虹を森の奥深くにそっと残しました。
「これで今日の虹は完成だよ」
小さなおばけがにこっと笑いました。
コトリは雨に濡れた髪を気にしながらも、胸の奥がぽかぽかあたたかくなるのを感じました。
「雨の日も、森ってやさしいんだね……」
おばけたちはふわりと光を散らし、ゆっくりと森の奥へと消えていきました。
家に帰る道すがら、コトリは水たまりに映る自分の顔を見ました。
雨の日の森には、ちいさな魔法が隠れている。
そして、森の奥には、小さな虹と、雨粒のおばけたちがいつも見守ってくれている。
その夜、窓の外で降る雨音を聞きながら、コトリはそっとつぶやきました。
「また明日も、森に行こう……」
まよい森の雨は、今日も小さなしずくと光と、やさしい笑い声で、しずかに息づいているのです。
