ちいさなおばけのひとしずく
ある朝、コトリはまよい森の木の葉っぱにたまったしずくを見つけました。
夜のあいだに森を歩いてきた霧が、朝日にあたってきらきらと光っています。
そのなかで、ひとつのしずくが、ほかのよりも少しだけまぶしく見えました。
そっと指をのばしたとき、そのしずくが、ぴょこんと跳ねてにげました。
「……あれ?」
コトリは目をこらしてよーく見ました。
そこには、つやつや光る、ひとしずくほどのおばけがいました。
おばけは、ころころと丸い形をしていて、朝露のあいだを転がるたびに、虹のような光をふりまきます。
それは、朝露のふりをして生きている、ちいさなおばけでした。
おばけはまた、ぴょこんと跳ねました。
「まって、にげないで」
思わずコトリは両手をひろげて、そっとおばけを包みこむようにしました。
おばけはぴたりと止まり、
「……ぼく、ちいさすぎて、だれにも気づかれないんだ」
と、かすかな声で言いました。
そのおばけの名前は、ミニ。
まよい森のなかの、だれかのちいさなやさしさから生まれたおばけだといいます。
たとえば。
落ちた木の実をそっともとに戻す手。
小鳥に話しかけるしずかなまなざし。
ことばにならない「ありがとう」のきもち。
そういう、ほんのすこしのやさしさが、夜のあいだに一滴のしずくとなって、朝にひとりのミニを生みだすのです。
「でも、だれも気づかないから……ぼくは、ただ消えていくことばかりなんだ」
ミニはさびしそうに、葉の先にちょこんと座りました。
しずくのかたちのまま、体がゆらゆらと透きとおり、少しずつ光が弱くなっていくのが見えました。
コトリは両手をそっと差し出し、その姿を包みこみました。
手のひらに感じるのは、冷たくて、でもすこしだけあたたかい感触。
「わたしには、見えたよ。そしてね、見えるってことは、そこにいるってことだよ」
そう言ってにっこり笑うと、ミニの体がふるふると光り、ほんのすこしだけ、大きくなりました。
まるで、ひとしずくぶんの勇気がふえたように。
その日から、コトリは毎朝、まよい森の葉っぱをひとつずつのぞくようになりました。
朝露のなかにころころ、ぽよん、ぴちっと光る影たち。
それぞれが小さくあいさつをして、コトリの指先に触れると、そっと空気にとけていきました。
そして、コトリは気づいたのです。
まよい森がこんなにもやさしく見えるのは、こうしてちいさなおばけたちが、見えないところで、毎日そっとやさしさを運んでいたからなのだと。
「見えなくても、ちゃんとある。ちいさいけれど、とてもたいせつなものが、この森にはいっぱいあるね」
コトリがそうつぶやくと、朝日に照らされたしずくたちが、まるで笑ったかのように光りました。
森の空気はすこしだけ甘く、風はやわらかく、木の葉の影のあいだで、ミニたちがくすくすと笑っているような気がしました。
だれにも見えないところで、ちいさなやさしさが、今日もいのちをあたためている。
そのかたちが、おばけになることもあるということを、コトリはそっと胸にしまいました。
その胸のなかで、ひとしずくの光が、ぽうっと明るくまたたきました。




