表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/108

ゆめのすきまのおばけ

 ある夜、コトリはとてもふしぎな夢を見ました。

 まよい森の白い霧のなかに、ぽつんと立っているブランコ。

 そのブランコに、顔のないおばけがゆらゆらと揺れていました。

 顔のないおばけは、まるで風の一部のように、音もなく、白く、あたたかく揺れています。

 目も口もなく、形だけの存在なのに、どこかやさしい。

 コトリは、こわくありませんでした。

 むしろ、そのおばけの近くにいると、胸の奥に隠していた悲しみが、ほんの少しやわらぐような気がしました。


 目がさめたコトリは、ふしぎなことに気がつきました。

 夢だったはずなのに、まくらもとの空気が、ほんのり甘いのです。

 まるで、夢のなかのだれかが、すこしだけ現実までやってきたような気配がのこっていました。

 次の夜も、またその次の夜も。

 コトリは夢のなかで顔のないおばけに会いました。

 夢の景色は毎晩ちがいます。

 あるときは波のない湖のうえにぽつんと浮かぶボート。

 あるときは空にかかる長い橋を歩く自分。

 あるときは雨のふらない雨傘をひらいて雲の下に立っている自分……

 けれど、どんな夢のなかでも、おばけはそこにいました。

 ただ黙って、コトリのそばに座り、あるときは一緒にボートに揺られ、あるときは橋の欄干にもたれ、あるときは傘の端にそっと指をかけ、しずかに、やさしく見守っていました。

 ある夜、コトリは思い切ってたずねました。

「あなたは……夢のなかにしかいないの?」

 顔のないおばけは首をすこしかしげ、コトリの胸のあたりに手をそっと当てました。

 その手は、ひんやりしているのに、なぜかあたたかいようでもありました。

 そして、言葉ではなく、その手のあたたかさでこう伝えてきました。

『わたしは、ゆめとこころのすきまにすむおばけ。だれかがかなしいまま眠ったとき、そばにいくの。夢と夢の間にできる小さなひびに、やさしさを入れて、心がこわれないようにしているの』

「かなしい夢ばかり見せるの?」

 顔のないおばけはふんわりとすこしだけ首を横にふりました。

『ううん。ほんとうは、忘れてほしくない夢を見せるの。それを忘れてしまっても、やさしさのかたちは、ちゃんと心にのこるように。朝になれば夢は消えるけれど、やさしさの欠片は消えないから』


 その晩の夢のなかで、コトリは、ちいさいころに会っただれかのことを思い出しました。

 もうなまえも思い出せない、でも、手をつないで、笑いながら走ったことのある、あの感覚。

 顔のないおばけはそっと、その記憶をやさしい光にして包んでくれました。

 その光は胸の奥にしずかに染み込んで、心の底の方でぽうっと灯りつづけました。

 朝になって目がさめると、夢のなかのことはほとんど忘れていました。

 けれど、コトリの胸のなかには、ふわっとやさしい気持ちだけが、ちゃんと残っていたのです。

 悲しいはずの心が、なぜか少しだけ軽くなっていました。


 その日からコトリは、悲しい夜にはこうつぶやくようになりました。

「もし来られるなら、今夜も来てね。わたし、ちゃんと忘れずにいるよ。だれかが、わたしを忘れたくなかったことを」


 夢はすぐに消えてしまうけれど、そのすきまに生まれたやさしさは、いつか現実を、すこしだけあかるくする。

 だから、夢のなかの顔がないおばけは、今日もだれかの夜にそっとしのびこんで、しずかに、やさしい夢を咲かせているのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ