ゆめのすきまのおばけ
ある夜、コトリはとてもふしぎな夢を見ました。
まよい森の白い霧のなかに、ぽつんと立っているブランコ。
そのブランコに、顔のないおばけがゆらゆらと揺れていました。
顔のないおばけは、まるで風の一部のように、音もなく、白く、あたたかく揺れています。
目も口もなく、形だけの存在なのに、どこかやさしい。
コトリは、こわくありませんでした。
むしろ、そのおばけの近くにいると、胸の奥に隠していた悲しみが、ほんの少しやわらぐような気がしました。
目がさめたコトリは、ふしぎなことに気がつきました。
夢だったはずなのに、まくらもとの空気が、ほんのり甘いのです。
まるで、夢のなかのだれかが、すこしだけ現実までやってきたような気配がのこっていました。
次の夜も、またその次の夜も。
コトリは夢のなかで顔のないおばけに会いました。
夢の景色は毎晩ちがいます。
あるときは波のない湖のうえにぽつんと浮かぶボート。
あるときは空にかかる長い橋を歩く自分。
あるときは雨のふらない雨傘をひらいて雲の下に立っている自分……
けれど、どんな夢のなかでも、おばけはそこにいました。
ただ黙って、コトリのそばに座り、あるときは一緒にボートに揺られ、あるときは橋の欄干にもたれ、あるときは傘の端にそっと指をかけ、しずかに、やさしく見守っていました。
ある夜、コトリは思い切ってたずねました。
「あなたは……夢のなかにしかいないの?」
顔のないおばけは首をすこしかしげ、コトリの胸のあたりに手をそっと当てました。
その手は、ひんやりしているのに、なぜかあたたかいようでもありました。
そして、言葉ではなく、その手のあたたかさでこう伝えてきました。
『わたしは、ゆめとこころのすきまにすむおばけ。だれかがかなしいまま眠ったとき、そばにいくの。夢と夢の間にできる小さなひびに、やさしさを入れて、心がこわれないようにしているの』
「かなしい夢ばかり見せるの?」
顔のないおばけはふんわりとすこしだけ首を横にふりました。
『ううん。ほんとうは、忘れてほしくない夢を見せるの。それを忘れてしまっても、やさしさのかたちは、ちゃんと心にのこるように。朝になれば夢は消えるけれど、やさしさの欠片は消えないから』
その晩の夢のなかで、コトリは、ちいさいころに会っただれかのことを思い出しました。
もうなまえも思い出せない、でも、手をつないで、笑いながら走ったことのある、あの感覚。
顔のないおばけはそっと、その記憶をやさしい光にして包んでくれました。
その光は胸の奥にしずかに染み込んで、心の底の方でぽうっと灯りつづけました。
朝になって目がさめると、夢のなかのことはほとんど忘れていました。
けれど、コトリの胸のなかには、ふわっとやさしい気持ちだけが、ちゃんと残っていたのです。
悲しいはずの心が、なぜか少しだけ軽くなっていました。
その日からコトリは、悲しい夜にはこうつぶやくようになりました。
「もし来られるなら、今夜も来てね。わたし、ちゃんと忘れずにいるよ。だれかが、わたしを忘れたくなかったことを」
夢はすぐに消えてしまうけれど、そのすきまに生まれたやさしさは、いつか現実を、すこしだけあかるくする。
だから、夢のなかの顔がないおばけは、今日もだれかの夜にそっとしのびこんで、しずかに、やさしい夢を咲かせているのです。




