まよい森とコトリ
むかしむかし、あるところに、コトリという小さな女の子がいました。
コトリは、ふわふわの髪をしていて、にっこり笑うと、まわりの人もつられて笑ってしまうような、やさしい心の持ち主でした。
ある日、コトリはパパとママといっしょに、新しい町へ引っ越してきました。
新しい家は少し古い壁の家で、そのうしろには、大きな森が広がっていました。
「この森は“まよい森”っていうのよ」
町の人たちは、こわばった顔で教えてくれました。
「ふしぎな声が聞こえるし、中に入ったら、もう出られないんだって。だから、近づいちゃいけません」
大人たちは、みんな、まよい森をこわがっていました。
けれど、コトリの目には、その森が、どこかさみしそうに見えたのです。
ざわざわ揺れる木の枝も、かげる夕日もうす暗い光も、なにかをうったえているように思えました。
その晩のこと。
コトリがふかふかのおふとんにくるまって、すやすや眠ろうとしたとき。
「……さみしいよう……」
どこからか、小さな声が聞こえてきました。
風の音かな?
夢の中の声かな?
それとも……ほんとうの声?
次の夜も、そのまた次の夜も、声はかすかにひびいてきました。
コトリは、どうしても気になって、とうとうひとりでこっそり、まよい森へ行ってみることにしました。
森の中は、ひんやりと冷たく、しんと静かでした。
木の枝がざわざわと揺れて、まるで「おいで」と言っているみたい。
コトリは、ふかふかの苔におおわれた道を、ちいさな足で、ぺたん、ぺたんと歩いていきました。
すると、とても古い大きな木の前に、たどりつきました。
そのとき、
「……見つけてくれたの?」
すぐそばで、かすかな声がしました。
コトリがふりかえると、そこにいたのは、すきとおった、まっ白な小さなおばけ。
おばけの子は、しょんぼりとした顔で、コトリを見あげました。
「さみしかったの。みんな、わすれちゃったの。わたしのことも、森のことも……」
そう言って、おばけの子は、コトリの手をそっとにぎりました。
その手は、ひやっと冷たいのに、ふしぎとやさしさがいっぱいでした。
「……いっしょに、あそんでくれる?」
コトリは、こくんとうなずきました。
ふたりは、森の中でかくれんぼをしました。
コトリが木のうしろにかくれると、おばけの子はふわりふわりとさがしにきます。
葉っぱをつかってままごともしました。小さなおさらにのせた葉っぱのお料理を、ふたりで「いただきます」と言って、わらいあいました。
あそんでいるうちに、暗かった森は、だんだんとやさしい緑の光につつまれていきました。
ざわざわしていた木も、どこかうれしそうに見えました。
ふたりは、なんどもなんども、にっこり笑いました。
やがて、外が明るくなりはじめました。
大人が目をさますまえに、コトリは家に帰らなくてはいけません。
森の出口まで来ると、おばけの子は、にっこりして言いました。
「ありがとう。あなたが、わたしの声をきいてくれて、うれしかった」
その姿は、やわらかい光になって、森の奥へと消えていきました。
コトリは、そっと手をふりました。
その夜から、まよい森の「さみしいよう」という声は、もう聞こえなくなりました。
でも、コトリにはわかっていました。
森は、ちゃんと見ていてくれる。
そして、こたえてくれる声があれば、もう、さみしくなんてないのです。