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 檻の中の獣は、口の端から涎をダラダラ流して、血走った目でこちらをみている。飼い主であるダックス領主のこともわからないらしく、ひたすら唸ってきていた。


「フォレストウルフのフラッフィーです。仔狼の頃に引き取って大事に育て、娘のボディーガードとして使役していたのですが、近年増加している穢れにやられてこのような有様に……。使役魔獣というのは貴重な存在なのに、このようなことになってしまって……」


 穢れというのは人間の戦争などで増えるとゼフィールから聞いたけれど、最近戦争でも増えてるのかな? まあどちらにせよ、この可哀想なフォレストウルフを放置するわけにもいかない。まずは穢れを浄化するためにシャンプーをしてあげないと。


「では、穢れを浄化します。色々びっくりすることもあるかもしれませんが、落ち着いていてくださいね」


 そう声をかけると、まずはスキルの中から『口輪』を選択する。するとフラッフィーの口元に口輪が出現し、自動で装着された。これは助かる。口輪の装着時に暴れられると一番大変なのだ。


 次にペット・バスを裏庭に出した。ペット・バスは洗う対象に合わせて大きさが変わってくれるらしく、ゼフィールを洗った時よりも小さなサイズで出現する。


「こ、これは!?」

「浄化のための装置です」


 適当にダックス領主を納得させるようなことを言いつつ、私は念力の腕を発動する。

 念力の腕でしっかりとフラッフィーを保定して、檻から出したらペットバスの中へと入れた。

 しっかりと体を濡らし、わしゃわしゃとシャンプーをしていく。途中までは随分と暴れられたが、シャンプーが進むにつれてだんだんおとなしくなってきた。穢れが落ちたからだろうか。

 クゥーンと喉を鳴らして、わしゃわしゃ洗われるのが気持ちいのか、目を細めている。可愛いものだ。こんな子が穢れとやらのせいであんなふうに凶暴になってしまっていたのだと思うと、可哀想でならない。


「フラッフィー! ああ、フラッフィー!」

「お、お嬢様、まだ今は聖女様が浄化中です。近寄られては……!」


 領主のお嬢様が、瞳に理性の戻ったフラッフィーを見て駆け寄ろうとする。それを執事が止めに入っていた。まあ、まだどこまで穢れが落ちているかわからない以上、近寄らない方がいいのは変わりがないはずだ。


 しっかり洗い流して、エアフォースドライヤーで乾かしていく。そうして洗い終えたフラッフィーは、見事な灰色の毛がふかふかとした、勇ましくも可愛らしい巨大な狼だった。


「クゥーン! クゥーン!」

「フラッフィー!」


 お嬢様がフラッフィーの首元にぎゅっと抱きつく。いいなぁ、あんな巨大なワンちゃんに私も一度埋もれてみたかったんだよね。ちょっとくらいもふもふさせてくれないだろうか。


「聖女様! ありがとうございます。フラッフィーを元に戻してくださって。ああ、何とお礼をしたらいいのか。何でもいってくださいませ!」

「お嬢様!」


 執事さんがお嬢様の言葉に何だか焦っているけれど、そんな無茶な要求したりしないのにな。そんなヤクザな聖女に見えているのだろうか。


「じゃ、じゃあ、フラッフィーを撫でさせてもらえないかしら……!?」

「えっ? フラッフィーを? そんなことでよろしいのですか?」


 きょとんとした顔でお嬢様は私を見る。いや、もふもふをもふもふできるかどうかはめちゃくちゃ重要だからね?

 フラッフィーまできょとんとした顔でこっちを見つめていて、それがまたかわいい。灰色の被毛に、ふかふかな胸の飾り毛(エプロン)だけが白くて立派だ。


「フラッフィー、いいかしら?」


 お嬢様がフラッフィーの方を向くと、「クゥン?」と首を傾げつつもフラッフィーはお行儀良くお座りをしている。


「フラッフィー、触ってもいいかしら?」


 そっと近づいたあとに気配を探る。少しフラッフィーは緊張している様子だったが、じっと待っていると私の匂いをクンクンと嗅いで、敵意がないことを認識してくれたようだ。

 徐々に適度な距離を保ちながら姿勢を低くして待っていると、フラッフィーは徐々に緊張を解いていき、地面に伏せをして撫でられ待ちのポーズになった。上目遣いにこちらを見上げてきて、その姿がまた可愛いのだ。


 下からそっと首筋を撫でると、気持ちよさそうに目が細められる。尻尾がふり、ふりと機嫌良さそうに揺れて、初対面だけれど受け入れてくれたようだ。

 フォレストウルフの毛はふっかふかで、手を埋めると前腕の半ばくらいまでが毛で埋まってしまう。体高は私の胸元近くまであり、ファンタジー世界の生き物だけあって大きい。それでいて瞳には賢そうな光が宿っており人によく従うのだから、使役魔獣というのがこの世界で珍重されているのも納得というものだ。


「ふっかふかー!」

「クゥン?」


 思わずぎゅっと抱きつくと、フラッフィーは首を傾げて不思議そうにしている。『なんでこの人間は毛に埋もれて嬉しそうにしているのだろう』とでも言いたげな顔だ。


 いやいや、巨大ワンちゃんの毛に埋もれるのは人類の夢でしょう! なぜ不思議そうな顔をしてみられなければならないのか、理解できないわね!


 その後も私は一通りフラッフィーのもふもふな毛並みを堪能すると、「そろそろこの辺りで」と止めに入った領主に声をかけられ、報酬を渡されることになった。

 領主様の応接室に案内されると改めてお礼を言われる。


「聖女様のおかげで大切な使役魔獣を失わずに済みました。ありがとうございます。フォレストウルフは、娘の親友のようなものなのです」

「聖女様! フラッフィーを助けてくださりありがとうございます!」


 領主様とお嬢様はそれぞれ丁寧にお礼を言ってくれる。その上領主様は、ずっしりとした金貨が入った袋まで渡してくれた。


「これは心ばかりですが、謝礼でございます。聖女様、どうぞお納めください」

「そんな、そこまでのことをしたわけじゃないのに」

「いえ、ですが我が家にとっては大事な使役魔獣を救ってくださったのです」

「ですが、ただシャンプーしただけでこんなにお金を受け取るのは……。そうだ! 私にフラッフィーのトリミングをさせてもらえませんか?」


 あんなに大きな狼型の生き物をトリミングしたら、相当いい経験になるはずだ。シャンプーとトリミングの分の代金だと思えば、お金を受け取ることに対しても少しは呵責が少なくなる。

 流石にシャンプーだけで袋いっぱいの金貨は貰いすぎだもの。私の職業人としての倫理観に反するというか、いくら聖女として浄化で救ったと言われても、シャンプーだけはね。それに、スキルが『トリマー』な以上トリミングをすることにも何か意味があるはず。その検証に協力してもらうのだと思えば、金貨を受け取ることにも否やはない。

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