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宣戦布告は成された。
街のざわめきはいや増し、人々の顔は暗い。
活気のあった市場からは徐々に売り物が消えていき、街の人は皆、食糧の不足などに備えて備蓄に勤しんでいる。
私は不安を押し殺しながらも、日々店の営業を続けていた。
「心配やねぇ、あやめちゃん。あやめちゃんのイイ人、衛兵さんなんでしょう?」
常連である猫獣人のおばちゃんが、シャンプーを受けながら眠たげな声で言う。
「べ、別にそんな関係じゃありませんよ! ……でも、よくしてもらっているので心配ではありますね」
とは言っても、私も他人事ではいられない。ゼフィールは邪竜との戦いに乗り出すつもりのようだし、ルナールも邪法によって人を支配するマグヌス・シュナウザーのやり口には怒っていた。
それに国から聖女に対して出動の要請が来る可能性もあると、ライカンさんから聞いているのだ。
——戦争の前線に出る。
それは、一般日本人にすぎなかった私にとってはとんでもない大事だった。
そわそわとしながら国の動きを待っていたところ、ライカンさんが訪れてきた。
「私たちに出征命令が出ました。この店の護衛もできなくなります」
「出征命令……ですか……。私のことはいいんです。それより、ライカンさんたちの方が心配です」
ついに、ライカンさんたちは戦場へ赴くらしい。
「それで、護衛ができなくなる兼ね合いで、聖女であるあやめさんには王宮に避難していただくべきだという話が持ち上がっておりまして……」
ゼフィールとルナールが着いている私を、無理やり王城へ召し上げることは出来ないと、この国は私を自由にさせてくれていた。
けれど、この状況ではそうも言っていられない。
重要人物である聖女の身の安全を確保するべきだという意見が出たようで、私はミントくんと一緒に王宮へ避難することになった。
二度目の王宮は、緊張しているどころではなかった。ふかふかの絨毯も、豪奢な壁画にも、心臓が跳ねることはない。
そんなことよりも、前線に出ていったライカンさんたちが心配だった。
王宮に来てからずっと、眠れない夜を過ごす。
「あやめさん、大丈夫ですか?」
朝食の席、ミントくんが心配そうな顔で私を覗き込む。夜眠れていない分、露骨に顔色が悪かったのだろう。
ふわふわのパンも、色とりどりのフルーツも、味がしない。
「大丈夫よミントくん。心配かけてごめんね」
ふわふわと揺れる耳を撫でると、ミントくんは気持ちよさそうに目を細めた。
「いっそ、前線に行かせてもらえるように頼んでみようかしら」
この王宮で私のことを受け持ってくれているのは、知己のあるエドワード公——王弟殿下だ。
王弟殿下に、テリア王国との要衝になっているシュナウザー領へ行かせてもらえれば、ライカンさんたちと会うこともできるかもしれない。
私が行けば、必然的にゼフィールとルナールも前線へ向かうことになる。邪竜や亜獣人の戦争奴隷たち相手でも、強力な戦力となるはずだった。
「前線へ行きたい、ですか」
「はい。私にはゼフィールもルナールもついていますし、神獣がそばにいればそうそう危ないこともないはずです。邪竜相手に戦力にもなりますし、トリミングで祝福を与えることもできます」
私を前線へ送り出すメリットは、いくらでもあるはずだ。それを切々と訴えかける。
けれど、王弟殿下は表情を曇らせた。
「それが、あやめさんに外に出て行くわけには行かないんだ。兄上——国王陛下たっての希望でな……」
曰く、邪竜に対抗しうる戦力であるゼフィールを、自身のそばに置いておきたいという国王陛下の希望があるらしい。
テリア王国の王家は邪竜の強襲によって一夜にして王権転覆したのだ。だからこそ、このヴァルガ王国の国王もまた、それを恐れているのだそう。
「そんな理由で留め置かれても……」
「気持ちは察する。女神様の祝福を受けた聖女を一国の王如きが束縛できないことも理解してはいる。だが、私も兄上に交渉しているから、しばらく待ってほしい」
「交渉してくださっているなら……まあ……」
納得できない思いはありつつも、せっかく交渉してもらっているのに無理に王宮を出て軋轢を生む必要もないか、と考える。
だけど、その判断は間違いだった。
間違いだったとしか言いようがない。
その日の夜、ライカンさんたちが出征していった、国境の街シュナウザーが、邪竜によって一夜のうちに壊滅したと、新たなる報せが届いたのだ。




