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あの食堂強盗事件の日から、私はぐるぐるとライカンさんのことを考えていた。
どこか儚げな、全てを諦めたような笑顔を浮かべるライカンさんを思うと、胸の奥が締め付けられる。
何かどうにかしてあげたいけれど、何も思いつかない。
『そう思い詰めなくても良いのではないですか、あやめ』
ルナールが心配そうに寄り添ってくれる。大きくなったルナールがふんわりと体を包み込んでくれると、少しだけ気分が安らぐ。
「ああいう事件で、亜獣人の印象が悪くなってしまったのかな。早く落ち着くといいんだけど……」
ついつい愚痴っぽくなってしまう。
そこへ、噂のライカンさんが来店した。
「あやめさん、先日は大丈夫でしたか。心配だったので……」
「私は大丈夫です。ライカンさんの方こそ、大変でしたね」
「ええ、そのことなんですが……」
ライカンさんは、気まずそうに語り出した。
「あの亜獣人は、隷属の首輪を縫い付けられていたのです」
「隷属の首輪?」
ライカンさん曰く、その隷属の首輪というのは、滅びた帝国の魔術で、人を隷属させる魔法らしい。かつてはそれで亜獣人を戦争奴隷として用い、猛威を振るったのだとか。
その隷属の首輪を、あの強盗犯の亜獣人は着けられていた。無理に外そうとすれば、死んでしまうそうだ。
「それで亜獣人の子供が支配され、犯罪に使われているらしく……」
「そんな、ひどい……」
「組織的な犯罪だと思います。それで、隷属の首輪をつけられた亜獣人を生きたまま捕らえたので、聖女の力でどうにかできないかと、協力を要請しにきたのです」
「なるほど……。私の力で何か効果があるかはわかりませんが……」
隷属の首輪のせいで、犯罪組織の首謀者を特定することもできない。本来なんの罪もない子供が隷属の魔術によって無理やり支配され犯罪に用いられているのだとすれば、安易に処刑して終わりにするわけにもいかない。
どうにも身動きが取れない中で、聖女の力であればその悪き魔法に対抗できるのではないかという意見があがったのだとか。
「私にできることがあるなら、協力させてもらいます」
私たちは、衛兵の詰所へ向かうことになった。そこの牢に黒豹の子を捕らえているのだそう。
詰所は無骨な二階建ての石造りで、中に入るとどこか息が詰まるような閉塞感があった。
衛兵たちが多くいる詰所の奥まで進んでいくと、地下へと伸びる階段があった。
「地下牢に囚われているんですね」
隷属の魔法に支配されている子供が、罪を犯させられ、地下牢に囚われているという事実に心が痛んだ。
囚われている少年は、暴れないようにか、手足に枷が着けられていた。痣だらけで、その中には古いものも混じっている。捕まる前につけられた痣なのだろう。
どうしてこんなひどい仕打ちができるのだろう。
亜獣人だから、こんなひどい仕打ちをされてしまうのだろうか。
この世界に馴染みつつあった私は、やっぱりどうしても、亜獣人に対するこの世界の人々の扱いにだけは、馴染めそうになかった。
「あやめさんには、彼を浄化してもらいたいのです」
ライカンさんが、痛ましげな顔で少年を見ながら告げる。
同じ心の痛みを共有できる相手がいたことに、私はなんだかホッとした。
少年の首には禍々しい革の首輪が巻かれており、皮膚に乱暴に縫い付けられている。それはあまりにもおぞましい光景だった。
「わかりました。やってみます」
少年はぐったりとしていて、抵抗する力もないようだった。
檻の中へ護衛の衛兵やライカンさんと共に入り、ペットバスを召喚する。獣姿ではないので、洗うのは頭だけだ。
たった一部だけでも、泡で少年の頭を包むと、黒い靄が大量に溢れ出してきた。
靄を綺麗に取り払っても、相変わらず隷属の首輪は禍々しい光を放ったまま。
「そんな……」
私は自分で自分に失望した。この世界にやってきてから、聖女の力は欲しい時に欲しい効果を発揮してくれていた。ゼフィールやルナールを救うことができたし、フラッフィーだって浄化できた。トリミングの効果で穢れに強くしてあげることだって。
それなのに、隷属の首輪に対して浄化のシャンプーはまるで効果が見られない。
どうして……、と思わず呟く。
「あやめさん、トリミングを試してみてはどうですか。女神様の祝福なら、あるいは……」
青ざめて固まっている私に、ライカンさんが励ましてくる。
確かにその通りだ。できることは全てやりたい。
ハサミを召喚し、万が一少年が暴れても危なくないように、ライカンさんと衛兵さんにしっかり押さえてもらう。
彼の黒髪は、ひどくざんばらな状態で長く伸びていた。
人の髪のカットにはまだ不慣れなので、最低限長さを整えて切り揃えるようにしていく。おかっぱ頭になってしまうけれど、今のざんばらなロングヘアよりはマシだろう。
長さを整えたら、最後に前髪を切って、おしまいだ。
すると、少年がいつもの祝福の時と同じように七色に輝くと同時に、首輪からドス黒い靄が立ち上った。
「やった! ……かな?」
光が収まると、首輪が放っていた禍々しいオーラも消えている。
「これは、隷属の魔法が無効化したようです。これなら首輪をとっても死に至る呪いにかけられることはないでしょう」
首輪を検めたライカンさんが、ホッとした顔で私を見上げてきた。
「ありがとうございます、あやめさん。これで真犯人に迫る情報が得られるかもしれません」
「いえ、私もこんな酷いことをする人には、捕まって欲しいですから」
黒豹の少年は、これから尋問にかけられるのだそう。それはそれで可哀想だけれど、無茶なことはしないとライカンさんも言っていた。
この残酷な魔法で支配されていた哀れな少年が、救われることを願うばかりだ。




