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「召喚に成功したぞ」


 突然目の前に現れたのは、見ず知らずのお爺さんたち。かつて観光に訪れたフランスのシャンボール城のような建物に、ずるずるとしたローブを弾きずった老人たちがひしめき合っている。


「な、何? 何事?」


 私が戸惑いながらキョロキョロしていると、その中でも一際偉そうな服に身を包んだ老人が、私の前に出てきた。


「聖女よ、我がテリア王国によくぞ参った。歓迎するぞ」

「聖女? 聖女って何? ここはどこ?」


 私は混乱し切って、あたりをキョロキョロと見ながら、元いた場所に帰ろうとしていた。店で仕事中だったはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろう。


「説明しよう、聖女とは……」


 そうして老人は、つらつらと理解し難い言葉を連ね始めた。

 曰く、聖女とはこの世界を救う力を持った存在で、女神から特別な加護を受けているという。異世界から召喚する方法は知られているが、帰す方法は定かではない。聖女として召喚されたら最後、この世界で聖女として働くしかないのだ、と。


「そ、そんな理不尽な話受け入れられるわけが——!」


 私は反発するけれど、元の世界へ戻る方法もアテもない。

 その挙句、もっと理不尽な話が降りかかってきた。


 私が女神から受けた加護は、『トリマー』というちょっと理解し難いものだった。空中に画面が表示され、スキルが見られるウィンドウとやらを開くと、そこには『シャンプー』だの『トリミング』だのと、私の本業であるペットトリマーに関連したスキルがあったのだ。


「一体そんなもの、何の役に立つというのだ、このハズレ聖女め!」


 勝手に召喚して勝手にきれた国王に城を追い出されて、手切れ金として渡されたお金を手に途方に暮れているのが今である。


「一体、こんなことになってどうしろって言うのよー!」


 のよー! のよー……! のよー……。と、空に私の叫び声が響き渡る。

 ひとまずこんな国に居られるか! と切れた私は、他の国に移動すべく箱馬車に乗った。街の外壁の外に出ると、馬車はトコトコと長い街道を走っていく。


「お姉ちゃん。珍しい服を着てるね」

「え、ええ。ちょっと変わった服が好みなの」


 着の身着のまま追い出された私は、お店の制服である襟付きの半袖シャツにスラックス、エプロンをつけた姿だった。

 乗合馬車の乗客と共に雑談をしていると、馬車が急停車する。


「う、うわ、ドラゴンだ!」


 ざわり、と乗客たちがざわめいた。


 馬車の窓から覗くと、土で薄汚れ、傷ついたドラゴンが街道を遮るように座り込んでいた。西洋風のドラゴンらしいシルエットだが、その体は白い被毛で覆われている。


「うわあ、あんなに汚れて、かわいそう。洗ってあげたい」


 私が思わず呟くと、ギョッとした顔で乗客のおじさんがこちらを見てくる。

 だって、悪い気配じゃないっていうか、すごく神聖で神々しい雰囲気の竜なんだもの。私は仕事柄動物と多く接してきたから、その気性がなんとなく雰囲気でわかる。このもふもふ竜、悪いやつじゃないと思う。

 

 他のみんなは警戒したように息を潜めてドラゴンの方を見ているが、竜は微動だにしない。


 すると、竜がこちらをギョロリとした目で見てきて、不意にぐわん、と空間が揺れた。魔法の力、としか言いようのない何かがあたりを通り抜け、頭の中に直接声が響き渡る。

 

『聖女よ、聖女はいるか』

「えっ、私目当て?」


 動揺して思わずそう言ってしまうと、竜は馬車の窓から外を見ていた私に、ひたと目線を合わせた。


『お前が聖女か……』

「あ、ハイ」


 竜の威圧感に晒された私は、シャキッと背筋を伸ばして返事をする。他の乗客たちは巻き込まれないようにか、息を潜めたまま、馬車の中に隠れていた。


『聖女の気配を感じ、ここまで参った。邪竜との戦いで傷ついたこの身、浄化してもらいたい』

「浄化?」


 浄化って、何をすれば良いんだろう。


「こ、こいつを降ろせば見逃してくれるのか、おい、そこの女、降りろ!」


 竜の話を聞いていた御者が、私の方を見て怒鳴ってきた。えぇ、何それ。この世界の人間ってほんとヤダ。けれど、他の乗客たちも私を強引に馬車から押し出すようにし始め、馬車に乗っていられず外に出てしまう。その隙に馬車は発車して街道を進み始めた。


 竜は馬車を無視して私の方をじっと見ている。


「じょ、浄化って、何をすれば良いんですか」

『女神との加護でスキルを賜っているはずだ。その力を使えばよい。我は邪竜を抑え込む役割を負っているのだ。このまま穢れに身を包まれていては力が出せぬ』


 竜の言い回しは古風でよく分かりにくかったが、とりあえずシャンプーでもすれば良いのだろうか?


 この巨大なもふもふを洗って綺麗にしてあげたら、どれだけスッキリすることだろう。


 私は、『女神から賜ったスキル』の中でも一番浄化と関係がありそうなシャンプーのスキルを唱えた。


 すると、あたりが光り輝き、巨大なペット・バスが出現する。


「えっと……とりあえず、この中に入ってください」

『うむ。承知した』


 もふもふの竜はおとなしくペット・バスの中に鎮座して私の動向を見守っている。浴槽の両脇には大きなシャワーがついていて、なぜか私がそれを動かそうとすると念力のような力で動かすことができた。

 シャワーからお湯を出し、もふ竜の全身を濡らしていく。


「もふ竜さん。ちょっとお腹の方を見せてください」

『もふ竜とはなんだ。我が名はゼフィールだ』


 ゼフィールはもふ竜のあだ名にツッコミつつも、おとなしくお腹を見せてくれた。お腹も含めて、全身をお湯で濡らしていく。

 濡らし終わったらシャンプーのスキル欄に記載されている、『泡召喚』を発動してゼフィールさんの体をモコモコの泡で包み込んだ。

 シャンプースキルには見えない大きな手を操作する力があるようだ。その手を使って、わしゃわしゃとゼフィールの体を洗っていく。

 

 念力の手は私の手と感触がつながっていて、力加減などを繊細に制御することができる。念力の手から伝わってくる感じから、ゼフィールの被毛、いわゆる「オーバー・コート」は非常に硬く長い。竜として体を守る役割を十分に果たせるぐらいの硬さだった。一方でその下にある「アンダー・コート」は柔らかくてもふもだ。衝撃を吸収したり、体温を維持するためのものだろう。

 

 被毛の内側、地肌までしっかりと泡が届くように、シャンピングしていく。ゼフィールは念力の手の感触が気持ちいいのか、目を細めてふにゃ、とした表情をしていた。

 全身の汚れをしっかりと落とし終わり、シャワーで泡を濯いでいく。すると、流れ落ちた泡の下からは白銀に輝く美しい被毛が出てきた。

 汚れが落ちた結果として、本来の輝きを取り戻したのだろう。これほど美しい毛を持つ動物は、トリマー歴五年といえども見たことがない。

 

 なんて、美しいのだろう。

 

 けれど、まだ見惚れているわけにはいかない。シャンプーは、乾かすまでがシャンプーなのだ。


 私はスキルが表示される謎の画面を呼び出し、その中から『ドライング』の項目を開く。いくつかあるドライヤーの項目から、『エア・フォース・ドライヤー』を選択した。これは温風で乾かすのではなく、風圧で水分を吹き飛ばすタイプの、大風量ドライヤーだ。

 毛量が多かったり被毛が長いタイプの犬に使うドライヤーだけれど、この巨大な竜に対しては『エア・フォース・ドライヤー』じゃないと到底乾かすことなどできないだろう。


「じゃあ、ちょっと風が出て乾かすからじっとしててね」

『乾かす? 乾かすなら我の力でもできる。我は風と光を司る竜なれば』


 ゼフィールはそう言うと、渦巻くように強い風が竜の周りを吹き荒れた。


「きゃ」


 巨大ペット・バスの上から風に吹かれて落ちかけた私を、柔らかい風が包み込んで支える。


『すまぬ、巻き込んだか』

「や、大丈夫……って、もう乾いてる?」


 あっという間に竜の被毛は乾き、美しくもふもふの体が太陽の元にさらされる。


 綺麗に汚れを洗い流されたゼフィールの姿は、神々しいとしか言いようがないほどに美しかった。

 その被毛は白銀に輝き、誰も足を踏み入れたことのない雪原のように儚い。ふわりと風にそよぐ被毛は艶やかで、手で撫でたらどれほど滑らかな感触がするだろうと思わせた。

 真っ白な羽毛の生えた翼はふかふかで、その上でお昼寝でもしたら天国にいるような心地になれそうだ。


『聖女よ、穢れの浄化、感謝する。これより我は聖女守護の任に就こう』

「聖女守護の任って? 私、人間の国からはハズレ聖女と言われて追い出されたんだけれど」

『愚かな……。強き浄化の力を持つそなたがハズレのはずがない。浄化の力を持つそなたは邪竜に狙われるであろう。我はこの世の正しき運行を守る精霊として、そなたを守護する必要がある』

「なんだかよくわからないけど……。私はその邪竜っていう危ないやつに狙われるってこと?」

『そうだ』

 

 ゼフィールの言葉は古風でところどころわかりにくかったけれど、ひとまず私の身が危険に晒されているらしきことはわかった。

 この先、どうしていけばいいんだろう? 元の世界に戻るアテもないし。

 ひとまず私は、この竜と行動を共にする事になった。

 

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