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有名な悲恋の物語

作者: アーク

月の雫を集めた様な美しい白金(プラチナブロンド)の長い髪と角度によって青にも緑にも見える不思議な色の瞳。抜ける様に白い肌をしている小柄な少女。

先天性か、はたまた後天性か、口を利く事は出来ないその娘の面倒を王子から仰せつかったのは今日の昼。丁度仕事も一段落して、軽食でも食べようと厨房に寄っていた時だった。


「最低限の令嬢としての振る舞いを身に付けさせよ」、との事だった。


王子は半年後に隣国の王女エメラルド姫との結婚を控えている。見たところ、姫と同世代だし話し相手に良いかもしれない、と王子は言っていた。

自国の貴族令嬢はこの婚姻に涙を飲んだものも多いから姫の憂いは最小限に抑えたい、とのご要望だ。


適当な平民を話し相手に連れて来る訳にもいかないから、と選ばれたのがこの娘。


城の近くの浜辺で倒れているところを王子が助け、「どうも身寄りが無さそうだから」と城に住み始めたその娘に「マリン」と王子は名前を付けた。

マリンはダンスは得意だけれど、文字は読めないし、歴史も知らない。突拍子もない振る舞いで城内の人間を驚かせる事もしばしばあった。


世話係兼指導係になった私は、マリンの奔放な振る舞いに悩まされる事になる反面、マリンの不思議な一面に触れる事になったのだった。


「マリン、ほら、ここの文法を間違えてる。これだと意味が真逆になってしまう」


正しい文脈を書いて胸を張るマリン。

最初は蚯蚓がのたうち回った様な字を書いていたけれど、最近はある程度、令嬢らしい文字を書ける様になった。


「この絵画の人物について、覚えているかな」


マリンは少しだけ自信無さげに、正解を紙に書き出した。


「大丈夫?疲れてない?」


ふるふる、とマリンは首を横に振って紙に文字を書く。


【王子様の為にも、頑張らないといけないから】


マリンはにっこりと笑う。王子の期待に応えようと必死なのだろう、と、この時の私はそう信じていたのだ。


マリンが1冊のノートを手に取る。それは、むかしの私が書いたものだった。


「そうまじまじと見られると恥ずかしいのだけれど。それはね、私のむかしの思い出の書いてあるノート、要は日記だよ」


私はむかしを思い返す。


「ここだけの話。もしかしたら、白昼夢を見ていただけかもしれないのだけれども。


―――私は、むかし、人魚に命を救われた事があるんだ」


この国には、人魚伝説が語り継がれている。


そのむかし、賢王と呼ばれたその男は生涯に1度だけ、取り返しの付かない勘違いの末に喪ったものがあると言う。

賢王がまだ王子だった頃、15歳を祝う海上パーティーで運悪く嵐に見舞われて王国の船は海の藻屑となり、彼は多くの従者と共に海に投げ出されて意識を失った。

幸いな事に浜辺に打ち上げられた王子は、修道院に祈りを捧げに来ていた隣国の王女に見付け出され、命の恩人だと感謝し、王女と結婚する事を決める。

―――意識を失っていた王子は知らなかったが、王子を浜辺まで運んだのは人魚姫だったという。

王子を想う姫は海の森の魔女の元に行き自分の美しい声と舌を引き換えに、人間になる薬を手に入れる。その薬には、願いを叶える代わりに歩く度に1000の刃で貫かれる激痛を齎し、更に王子が別の人間と結ばれたなら泡になって消える呪いが掛かっていた。

姫は王子が既に別の人間と婚約を結び、結婚も近い事も知らないままに人間になる薬を飲んでしまう。

5人の姉は美しい髪と引き換えに海の森の魔女から姫を人魚に戻す為に必要なナイフを手に入れて、「王子の心臓をこのナイフで突き刺し、その血を浴びれば人魚に戻る事が出来る」と言った。

王子を心から愛していた姫は、王子を殺す事は無く、海の泡となった。

しかし、本来心を持たない人魚が愛を知った事に感銘を受けた主は姫を風の精霊に生まれ変わらせた、と言うのがこの国で広く伝わっている伝説だ。


「―――赦してはくれなかったんだ。


微かになる意識の中、確かにその姿を捉えた筈の()()、その存在を信じなかった事を、決して赦してはくれなかった」


結婚披露宴の晩餐の後、その娘は「ゆっくりひとりで召し上がってください」とメモを添えた見た事も無い、今まで食べた魚の中でも一番美味しい魚を振舞ってくれた。

次の日の朝には娘はいなくなっていた。

そして。


―――私は決して老いる事も死ぬ事も無い体を手にしていた。


「…だからね、マリン。私はキミが何をしようとしているのかは分かっている」


マリンはブルリ、と大きく震えた。


「―――聞いた事がある。不老不死は、不老不死からしか攻撃を受けない。そして。


―――人魚の肉を喰らったものは、人魚の生き肝を食べれば元の、普通の人間に戻る事が出来る、と」


不老不死になって800年。ずっとこの時を待ち続けていたんだ。私は舌なめずりをしてマリンの肩に手を掛けた。


「―――人魚の肉はとても美味だった。ならば、その生き肝も美味に違いない」



―――マリンと、その世話係の消息は、誰にも掴めていない

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