偽りの契約、真実の結び
王都から西へ半日の道のり。
忘れ去られた廃村がある。七年前、疫病が広がり、集落ごと封鎖された村——ミーア・ベルドの生まれ育った村だった。
セレフとリセルは、そこへ向かった。
真実を知るため。呪いの発端となった場所を、この目で確かめるため。
「ここ……来たことがある」
村の門をくぐった瞬間、リセルの中で何かが蘇る。
風に舞う花の匂い、柵越しに笑う幼子、そして——最後の晩、炎に包まれる村の景色。
「ねえ、セレフ。私ね、この村を救おうとしたの。あなたが母親にかけた“契約魔術”……それを、私も真似しようとした」
「……!」
「あなたを真似て、私も……人を救いたかったのよ。だから、独学で同じ術を試した。けど、私には力が足りなかった。逆に、代償を支払う形になって……自分の“名前”が、消えた」
「じゃあ、君は……!」
「セレフ。私ね、ずっと後悔してたの。あのとき、あなたのせいにすれば、少しは楽になれた。でも違った。あなたがいたから、私は“救いたい”と思えたの。……あなたが、私の希望だったのよ」
風が吹いた。
リセルの髪が舞い、セレフはその姿に言葉を失う。
「……だから、私はもう一度、“自分の意志”で結びたい。あなたとの契約を。呪いじゃなくて、未来のために」
リセルは手を差し出した。
「私の名前は、リセル・カルナ。かつてミーア・ベルドだった女。そして、あなたを許す者」
セレフはその手をとると、ゆっくりと膝をついた。
「僕はセレフ・ネアル。呪いを撒いた者。……だけど今は、あなたに救われた者」
二人の手が重なった瞬間、空気が変わった。
その場に、白い光が満ちていく。
古の術式が、二人の間で再構築される。これは“契約”ではない。“誓い”だ。意志と意志を結ぶ魔術。失った名も、罪も、赦しも、全てを受け入れるための儀式。
《真契の儀:双影の誓》
その言葉とともに、二人の足元に円環の光が走る。
セレフの背から、長く黒い影がすっと消える。
リセルの胸にあった痛みも、静かに霧散していく。
全てが終わった後、二人は肩を並べて村を後にした。
振り返ると、かつての廃村に一本の木が芽吹いていた。
「ねえセレフ。これで、呪いは終わったの?」
「……わからない。でも、確かなことが一つある」
「何?」
「僕はもう、自分の過去を恐れない。君となら、影に背を向けなくていい」
リセルは、少し驚いたように笑った。
「それ、結婚の申し込み?」
「いえ。未来の申し込み、です」
「……うまいこと言ったつもり?」
「少しだけ」
そうして二人は、初めて本当の意味で「出会った」。
過去でもなく、呪いでもなく、ただ名前と意志を交わすために。
それは、“婚姻”ではなかった。けれど、もっと深い“結び”だった。
二人がこれから共に歩む道は、まだ決して平坦ではない。
だが、今はもう誰も止めない。
リセルも、セレフも、自分の“影”を超えたのだから。
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