表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

代償の書

王都の東、霊廟通りにひっそりと建つ古書館。

 時の王が魔術を禁じる前——百年も前から残るこの施設は、今では人も寄りつかない。


 セレフはリセルを連れて、そこへやってきた。


「ここに来たの、七年ぶりです」


「個人の趣味で来るには重すぎるわね」


「魔術師って、だいたいそういう生き物ですよ」


 静かに笑うセレフの横顔は、今日も穏やかだった。だがリセルは、彼の指先が小さく震えていることに気づいていた。

 何かを——思い出そうとしているのか、あるいは忘れたくて抗っているのか。


 セレフは書架の奥にある封印扉を解き、重い本を一冊、取り出す。


 その表紙にはこう記されていた。


《契約魔術理論書・最終稿》

代償をもって、術を完遂せよ。

術者の影に触れし者、等しく代価を支払うこと。


「これが僕の“呪い”の正体です。——“契約魔術”」


「魔術、ってことは……呪いじゃなくて、自分でかけた?」


「はい。ただ、正確には“発動条件を間違えた”んです」


 


 七年前、セレフは重病の母を救うため、正規の術師の許可なく古代魔術の研究に手を出した。

 “命の代償”と引き換えに、対象を癒す契約魔術。だが彼は、ある項目を読み落とした。


“代償は、術者が最も愛するものに移される”


「つまり……私が母を助けた瞬間、母ではなく、“愛していた相手”の命が代わりに削られたんです」


「それって……!」


「そのとき付き合っていた女性が、半年後に病死しました。死因は原因不明。次に僕と関係を持った人も、事故で亡くなりました。三人目は……消息不明です」


 リセルは、口を閉ざした。

 背筋を冷たいものが走る。それは恐怖ではなく——奇妙な既視感だった。


「セレフ。……“愛していた相手”って、本人は自覚してたの?」


「たぶん、していません。僕も……気づかないふりをしていました」


「じゃあ、三人目も?」


「……僕が一番、愛した人かもしれません。でも、彼女とは何もなかった。ただ、助けて、笑って、それで……消えました」


 その言葉に、リセルの胸が妙にざわついた。

 なぜだろう。彼の語る“誰か”に、自分の過去がうっすら重なった。


「名前……覚えてる?」


「……ミーア。ミーア・ベルド。辺境の村にいた女性です。記録も、何も残っていません」


 リセルは、その名を心の奥で何度も反芻した。

 どこかで聞いた。いや、それより——どこかで呼んだ、気がする。


 


 セレフは書を閉じ、静かに告げた。


「この契約魔術は、解除方法が一つだけあります。“術者が自らを完全に否定する”ことです。つまり、過去の記憶と人格を捨て、新たな契約を結ぶ」


「記憶を……失うってこと?」


「はい。そして新しい名前、新しい契約の相手を“代償なし”で選び直す。その一人に対してだけ、呪いは起きない。……ただし、それ以外には再び効力が及びます」


 


 静寂が落ちた。


「……じゃあさ。もし私が、その“新しい契約相手”になったら?」


「……リセル」


「別に、結婚するって意味じゃないわよ。……でも、それが“呪いを終わらせる”唯一の方法なら、やってみる価値はあるんじゃない?」


 セレフは、ただ黙って彼女を見つめていた。

 その目は、迷いも感謝も、そして言い表せない後悔も含んでいた。


「あなたは、そんな重荷を背負うべきじゃない」


「私はもう、自分の影を持ってる。今さらひとつやふたつ増えたって、そう変わらないわよ」


 その言葉に、セレフの唇がかすかに震えた。


「……ありがとう。まだ、決めきれませんが——その時が来たら、頼ってもいいですか?」


「うん。……その代わり、私のこともちゃんと“調べて”よ。私も、自分の影を終わらせたい」


 


 ふたりは古書館を後にした。

 夜の王都は静まり返り、誰もいない道に二つの影が並んでいた。


 やがてその影は、ゆっくりと重なり、ひとつの形を成していく——それが呪いか、救いかは、まだ分からなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ