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告白と沈黙

その後、二人はもう一度会う約束を交わした。

 形式上は「縁談の整理」として。だが、互いにそれ以上のものを期待していたことは、言葉にせずとも分かっていた。


 


 再会の場所は、王都の外れにある古い廃庭園。

 月の光が朽ちた石像に反射し、淡く影を照らす。人の寄りつかぬこの静けさが、かえって二人にとって居心地がよかった。


 リセルは、少しだけ髪を結い上げ、鎧のない軽装だった。

 剣も、今日は持ってこなかった。


「ここ、好きだったの。兵士だった頃、たまに抜け出して……何もしないで、ただ石像の顔を眺めてた」


「なぜです?」


「誰かの“理想”を彫ったんだろうなって思ってさ。でも、崩れてる。鼻が欠けてたり、腕が折れてたり。……そういうの見てると、なんか安心できた」


 セレフは、そっとその言葉を受け取るように頷いた。沈黙が落ちたが、それは重くなかった。

 リセルはその沈黙の中で、ひとつだけ覚悟を決めた。


「……私にも、“結婚できない理由”があるの」


「……」


「十九のとき。後輩を一人、殺した」


 月の光が、彼女の横顔を照らす。

 その表情には、怒りも悲しみもなかった。ただ、長い年月の重さだけが刻まれていた。


「敵の待ち伏せに気づいた。でも、判断が遅れた。私が命令を下した結果、彼は盾にもならずに吹っ飛ばされた。……それだけなら、まだ言い訳できた」


 セレフは、口を挟まなかった。ただ聴く。受け取る。その姿勢だけで、リセルは話し続けられた。


「でもね。死体を回収しに戻ったとき、……頭の中で、こう思ったの。“ああ、これで上の席が空く”って」


 彼女は乾いた笑いを一つこぼした。


「泣いたよ、後で。でもそれと同時に思った。“私、もう人を好きになっちゃいけないな”って」


 沈黙が落ちた。今度のそれは、深く、そして優しかった。


 やがて、セレフが小さく口を開いた。


「あなたは……その後、誰かを斬りましたか?」


「何百と」


「でもその人のことは、今も覚えている」


「……そうね」


「——なら、あなたは“殺した”んじゃない。“抱えて生きてきた”んです」


 


 風が吹いた。庭園の朽ちた石像の隙間を、葉のざわめきが通り抜けていく。

 リセルは、なぜかそこで初めて、深く息をつけた気がした。


「……なに、聖職者みたいなこと言って」


「聖職者じゃありませんから。……でも、僕も同じなんです。人を助けようとして、呪われた。だからあなたを見て、少しだけ……安心した」


「どういう意味よ」


「僕が“誰かを不幸にする存在”だとしても、あなたなら——その不幸を、対等に殴り返してくれそうだから」


 リセルは吹き出した。


「喧嘩腰の恋愛なんてまっぴらだけどね」


「それでも、あなたと話すと楽になる。……だから、もう一つだけ、お願いがあります」


「なによ」


 セレフは、月の光の中でゆっくりと膝を折り、地面に片手をついた。まるで儀式のように、静かに。


「一緒に“呪い”の正体を調べてくれませんか。……それを終わらせたら、正式に“断る”か、“結ぶ”か、選んでほしい」


 


 リセルはその言葉を聞いて、しばし考え——そして、首を横に振った。


「条件がある」


「……?」


「調べるのはいい。でも、あんたの“呪い”だけじゃなくて、私の“罪”の方も、勝手に掘り返してもらう。……それでもいいなら、乗るわよ」


 セレフの目が、初めてわずかに揺れた。けれど、彼はすぐに口元を柔らかく緩めた。


「わかりました。……二人分の影を、引き受けましょう」


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