妖刀奇譚、村正誕生
岡崎幕府の治世が始まり、100年を数える。
第6代将軍、松平宣康の治世であった。
今の日の本に外敵は無く、国難と言えばもっぱら凶作からくる飢饉によるものという、治世としては概ね平穏と呼べる時代であった。
しかし、その片隅に将軍家へ100年の怨嗟を抱えた一族が、隠れるように血脈を繋いでいた。
その一族の長である阿部家当主、阿部定密は燃える炎の前で、祈りを捧げていた。
薄暗い部屋の中、その背後に歩み寄る人影があった。
「参ったか、村正」
「お呼びですか、主様」
村正と呼ばれたのは、十にも満たない子供であった。
「うむ。松平により貶められ、永きに渡り辛酸をなめた一族の悲願が成就される時が来た。阿部一族の怨嗟、松平一族への報いを、最後はお主に託す」
「はい、主様。私はそのために生きております」
表情を変えない村正を見て、定密はただ、決められた運命を受け入れるが如く、両の手を広げる。
「ようやく秘術が完成する。4代前の当主が考案し、3代を掛けてようやく発動するに至る。一族の命脈を掛けたこの術の、最後はお主の命を使う」
「はい、主様。私の命、どうぞお使いください」
「この術により、お主は我らが一族の血脈を辿り、過去の一族の者に意識を移す。松平に貶められる前の一族の『誰か』に。そして、そなたはそこで、松平を誅殺するのだ。さすれば、松平の治世など訪れる事もなく、我ら阿部一族が凋落の道を辿ることもなし。その時、我らが阿部一族が、改めて新たな運命を辿るのだ」
「はい、主様。我が使命、必ず全ういたします」
その返答を受けても、互いに表情が変わることも無い。すでに、精神が閾値を超えているのだ。
「うむ、ではこの陣の中心に座るがよい」
「はい、主様」
言われるがまま、村正は複雑な図形が描かれた中心に座る。
定密は祀られている刀を手に取り、刀身を抜く。抜き身の刀身に炎の光が反射し怪しく光る。
その刀身の光が、炎の赤から妖しい青い色へと変化する。
「くれぐれも、お役目を果たせ、村正!!」
その叫びと共に、青く鈍い光を放つ刀により、定密は自らの首へ刃を当て、一息に引き抜いた。
定密の首から、大量の血が噴き出し、中空に血溜まりが生まれ、そこから細い糸のように血が飛び、床に書かれた図形をなぞってゆく。
その中心で、定密の首を切った刀が村正の手にあった。
床に転がった定密の体を、変わらない無表情で見下ろす。
手に持った刀には、未だ青い光を放っていた。
刀の切っ先を、自らの首へと向ける。
「私は使命を果たしますよ、父上」
床の図形が全て血で上書きされ、中空の血溜まりが無くなった時、村正はその刀を自らの喉に突き立てた。
~~天文4年12月5日 尾張 森山~~
陣中の松平清康へ阿部正豊が襲い掛かり、斬殺する。
阿部正豊はその場で誅殺された。
正豊が残した最後の言葉は『父の仇を果たした』であった。
そして、その手には村正作の刀が握られていた事から、後の徳川の世では『村正は徳川に祟る』とされ、妖刀として語り継がれる事となる。
お読みいただき、ありがとうございました。
阿部正豊=清康暗殺が目的のターミネーター?から構想を得た短編になります。
もし清康暗殺が無ければ松平として天下を統一していたのでは?そして、それを良しとしない誰かが正豊を刺客として歴史改変後が今の世界では、というお話でした。
タイムリープは科学だと時代が空きすぎていたので、呪術系として、それと妖刀村正を結び付けてみました。
よければ評価の程、よろしくお願いします。