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「え、今日…都留田さんお休みなの?」
「そうなんだよ~。体調不良なんだってー。寂しいよね~」
朝の挨拶にやってきたまりんから聞いた言葉に、ゆめは大きく目を見開いた。
まりんの背後からやってきたつきも、寂しがるまりんに同意するように頷く。
みことは当たり障りなく「そう、早く良くなるといいね」と笑みを浮かべていたが、ゆめは何とも言えない不安を感じていた。
合葉つきはクラスメートにいじめを受けている。
以前まりんからその話を聞いてから、ゆめは心中穏やかではなかった。
ゆめはつきがいじめられている現場を見たことはない。しかし、ゆめが目撃していないからといって、それらがなくなったとは思えない。なぜならば、この数週間でとわこが教師から呼び出されない日など、丸一日もなかったからだ。
とわこの存在は確実に加害者たちの抑止力になっているはず。
しかし、そのとわこが学校に来ていないとなるとーー。
「ゆめちゃん。どうかした?」
「…!…ううん、その…ほら!まりんが今言ってたでしょ、都留田さん体調不良だって。ケンカすごく強くて身体も丈夫そうだから、ただの風邪なのかなって。重い病気とかじゃないといいんだけど…」
なんとなく、つきのいじめのことをみことに伝えるのは憚られた。
なぜか、みことは例のセミ事件のことをゆめに隠している。理由は分からないけれど、それならばきっと知らないふりをしておいたほうがいいだろう。
そう思い、咄嗟に言い訳じみた言葉を並べると、みことは無言でゆめの顔を凝視した。
「…み、みこと…?」
「…ううん、なんでもない。水鳥さんと随分仲良くなったんだね」
「え、ああ…うん。ほら、まりんって明るいし話しやすいでしょ?だからーー…」
「私は?」
みことの手がそっとゆめの顔を包む。そのままぐっと顔を近づけられてゆめは脳が痺れるのを感じた。
美しい顔立ち、美しい瞳、美しい指、美しい声。みことの全ては、まるで麻薬のように綺麗だ。
「みこと、は可愛くて優しくて頭が良くて、それでとっても、きれい」
「ふふ。私のこと好き?」
「それはもちろん」
「私もゆめちゃんのことだーいすき」
蕩けるような声で、みことはゆめの頬に唇を寄せた。
みことの瞳は熱を孕んでおり、その表情は恍惚に染まっている。
ゆめとみことは互いを見つめあった。今この瞬間、世界は二人だけだ。
みことの指がゆっくりとゆめの唇をなぞる。みことは妖艶に微笑んで、更にゆめに顔を近づけた。
心臓が尋常ではないほど音を立て、脳が痺れる。
みことに触れられている部分も、みことから名前を呼ばれるのも、全部全部気持ちいい。
だけどーー。
「朝礼を始めます。起立」
ゆめが抵抗するように顔を背けるのと、つきが朝礼の挨拶をするのはほぼ同時だった。
みことはゆめの行動に僅かに目を見開いたが、すぐに立ち上がる。ゆめもみことに続いて立ち上がろうとしたが、突然の動悸と冷や汗によって立ち上がることが出来なかった。しかし、ゆめが起立していないことを教師は気にしていないのか、そのまま朝礼が始まる。
クラス内で一人だけ座り込むゆめを見て、まりんは心配そうに、つきは神妙そうな表情を浮かべたが、二人以外はゆめに見向きもしなかった。
朝礼が終わり、全員が着席する。
ゆめはみことを見つめたが、珍しくみことはゆめを見なかった。
つきは黙したまま二人を見つめる。
そして、深く眉間に皺を寄せた。