drug
今宵もまた恐ろしい夢を見る。
夢の光景はいつもと同じ。逃げて、捕まって、殺される夢。
けれど、今日の夢はいつもと少し違っていた。
いつも通りであれば殺された後すぐに目が覚める。しかし、刺殺された私が目を開けると、そこは童話のような世界に一変していた。その夢の内容は、藁を物々交換していくーーというもので、幼少時、母から読み聞かせてもらった昔話に酷似していた。
題名は、何だっけ…?確かーー…。
「わらしべ長者…」
呟きながら、そっと目を開ける。
そして、ゆめは目の前の光景に息を呑んだ。
みことの綺麗な顔が至近距離にあった。
それと同時に、唇に柔らかい感触。
しかしそれは一瞬のことで、みことはゆめが起床したことに気がつくと「あ、おはよう。ゆめちゃん」といつも通りに微笑んだ。
「お、はよう…みこと…」
「うん、おはよう。朝ごはんできてるよ。寝ぐせは後で直してあげるね」
「…みこと、今…」
「うん?どうかした?」
僅かに眉尻を下げたみことは、困ったような顔でゆめの頬に指を滑らせる。
擽ったさにゆめが唸ると、みことは楽しそうに口角をあげた。
「……ううん、なんでもない」
「…そう?じゃあ、先に下で待ってるね」
そう言って、みことはゆめの額に口づけた。
ゆめは一瞬動揺したが、みことは何事もなかったかのようにゆめの部屋を後にする。
残された自室で、ゆめはそっと唇を撫でた。
…最近、みことからのスキンシップが激しいような気がするけれど…まさか、ね…。
「…そう、そうだよ!恋人同士でもないのに、考えすぎ!それに私とみことだよ?全く釣り合ってないし、ただの親友としてのスキンシップ!間違いない!…それに、キスって…もっと…」
もっと、幸せな気持ちになるようなものだったはず。
「…って、キスなんてしたことないくせに、だったはず、ってなんだ…?」
*
ゆめは混乱していた。
みことからのスキンシップが激しくなっているような、そんな気はしていたが、まさかここまでとは思わなかったのだ。
登校中に手を繋いだり、頬にキスをしたり、人前だろうとお構いなく身体をくっつけてきたり。最近のみことは見せつけるようにそういった行動をするようになった。ハグ程度なら以前からしていたけれど、以前の比ではないくらいハグの回数も多くなっている。
…それだけではない。みことに何をされてもゆめ自身がなぜかすんなりとみことを受け入れてしまう、それも混乱している要因のひとつだった。
「私…みことのこと、好き、なのかな…」
だから、みことに何をされても受け入れてしまうのだろうか。
みことに触れられると、みことに笑みを向けられると、脳が痺れて頭がぼうっとして、抵抗の意思も、拒絶の心も沸いてこなくなる。
これが、好きだということ…?
でも、でもなんだか…。
「買わないのか?」
「え、あっ、都留田さん…!?」
声をかけられ慌てて背後を振り返ると、そこにはクラスメート都留田とわこの姿があった。
彼女の真っ赤な髪が陽光に照らされて、まるで燃えているようだ。
その炎に目を細めると、とわこは再度「買わないのか?」と問いかけた。
「え、なにが…?」
「自販機だぞ、ここ」
「…あれ?」
どうやらゆめは無意識に自販機まで辿り着いていたらしい。
無言でとわこに自販機を譲ると、彼女は訝し気な顔をした。
「変なやつだな。ところで、今日はひとりか?」
「ああ、うん。さっきみこと、男の子に呼び出されてどこかに行っちゃったの」
「決闘か」
「ちがう、ちがう!普通に告白でしょ!」
決闘という発想が出てくるとは随分物騒である。
とわこのぶっ飛んだ発言にゆめが笑うと、とわこは無表情でじっとゆめの顔を見つめた。
「…笑った顔を見るのは久しぶりだな」
「え?」
「最近、あまり笑っていなかっただろう。あ…合葉つきも水鳥まりんも心配していたぞ」
とわこの言葉に、ゆめは少しだけ俯く。
…笑っていなかった、か。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。みことの側は、なんというかーー…気持ちいい。楽しいというより、嬉しいというより、心地いいというより、気持ちいいのだ。
「…都留田さんって、好きな人いる?」
「好きな人?色恋とかいうやつか?よく分からない感情だな」
「よく分からない感情…?えーっと、じゃあ、大切な人は?」
「あ…合葉つきだ。ついでに、あ…合葉つきに良くしてくれている水鳥まりんも、私が守るに値すると思っている」
守るに値する…?というのはよく分からないが、彼女がつきのことを一等大切に思っていることは分かった。
ゆめだって、みことは大切な友人だと思っている。好きか嫌いかと問われたら、間違いなく好きだ。けれど、とわこが二人に向ける感情と、ゆめがみことに向ける感情は何だか別物のような気がした。ならば、やはりこれは恋なのだろうか。
「霧花ゆめ。思いつめたような顔をしているが、悩み事か?」
「…うん、ちょっとね。とある人のこと、好きなのかどうか分からなくて」
「色恋の話か…。私に力になれることはないだろうが、悩みくらいなら聞いてやろう」
「え、あ、ありがとう」
ゆめは訥々と、とわこに自分の感情を語った。
みことの名前は出さずに、あくまでも友情と恋情の狭間で迷っている、という内容で。
とわこは終始無表情だったが、ゆめの話が終わると、浅く頷いた。
「それはおそらく、色恋ではないな」
「え、どうして?」
「真の色恋には熱が孕む。だが、お前の感情からは熱が一切感じられない」
「…じゃあ、私のこれはなんなんだろう…。どうして、何をされても受け入れちゃうんだろう…」
「…私では力になれないが、快楽という感情だけが沸く相手、というのは些か妙だな」
とわこは自販機で飲み物を二本購入する。そのうちの一本を、暗い顔で俯くゆめの手に押しつけた。