あこがれ
ゆめは意気揚々と中庭へやってきた。
初めて見た時と変わらず、中庭は太陽の花でいっぱいだ。
…本当に、なぜこんなにも心奪われるのだろう。
ゆめはゆっくりとひまわりに近づく。ゆめがひまわりを見つめている。そのはずなのに、ひまわりから見つめられているようで、ゆめの心臓は僅かに高鳴った。
「霧花さん?」
「ひゃい!!」
突如呼ばれた自分の名前に、ゆめは飛び上がりながら返事をした。驚きで声は上擦り、動きは明らかに挙動不審。あまりの羞恥にゆめの顔は茹蛸のように赤く染まる。
おそるおそる後ろを振り返ると、そこには目を見開くつき、無表情のとわこ、今にも笑いだしそうなまりんの三人がいた。
「…して…ころして…」
「何を言ってるんですか、霧花さん!?」
「あはははは!ちょ~おもろ~!」
「何が面白いんだ?」
三者三様の反応をするつきたちに、ゆめは両手で顔を覆いながら首を振る。
つきはまりんが一人大笑いしているのを窘めながら、ゆめの背中をそっと撫でた。
「大丈夫ですよ、何もおかしなことなんてありません。ねえ、とわこ」
「ああ。なぜ水鳥まりんが一人で笑っているのかも分からない。変なものでも食ったか?」
「辛辣じゃね!?」
「辛いものを食べたのか…」
「違うわ!相変わらずズレてんね、とわっち」
まりんはとわこの背中を勢いよく叩きながらゆめに向き直る。
そして「ごめんね~」とへらりと笑った。
「あたし、すぐ笑っちゃうんだよね~。悪気とかはマジでないんだけど、不快にさせちゃってたら本当にごめん」
「あ、!いや、全然怒ってないよ!」
「マジ~?優しい~!クラス何組?何ちゃん?」
「…え、えっと…」
目立たないとはいえ、認識されていないのか…。
まりんの反応にゆめは大きなショックを受けた。
視界の端でつきが驚いたようにまりんを凝視している。
…合葉さんは私のことちゃんと覚えてくれてたもんなあ。
「霧花ゆめ。同じクラスだ。そうだろ?」
「…!あ、うん!」
とわこもゆめのことを覚えてくれていたらしい。
ゆめは彼女の言葉に大きく頷いた。
とわこの言葉を受けて、まりんが大きく目を見開く。そして、これでもかというほどに顔を真っ青に染めた。
「えっ、マジ!?うわっ、あたし最低じゃん!ごめんね、ゆめりん!」
「いや、そんな…って、ゆめりん…?」
「ゆめだからゆめりん~。可愛くね?あたしのことも気軽にまりんって呼んでよ!」
屈託ないまりんの笑顔に、今度はゆめが目を見開く。
彼女の笑顔はひまわりにそっくりだ。
…それにしても、ゆめりん。ゆめりんか。
心中でそう呟きながら、ゆめはゆっくりと破顔した。
あだ名で呼ばれるのは初めてかもしれない。なぜだろう、凄くワクワクする。
「じ、じゃあ、まりん…!」
「は~い!まりんだよ~ん」
意を決して呼んだ名前に、まりんが片手をあげながら返事をする。
なぜだか楽しくなって自然と笑みを浮かべると、つきたちも顔を見合わせながら笑った。とわこは相変わらずの無表情だったけれど。
「あ、」
無表情のとわこの顔を見つめていると、ゆめはふいに先日の出入り口封鎖事件を思い出した。
教室でとわこの顔を見ることはあっても、声をかける間もなく彼女はどこかに消えてしまうのだ。礼を言うなら今が絶好の機会である。
ゆめはとわこに向き直ると「あの…!」と深々と頭を下げた。
「都留田さん、先日はありがとうございました」
「?何かしたか?」
「え、あの、下駄箱であなたが先生に怒られてて…遅刻した私に中庭を通って行けってハンドサインくれたよね?」
「………そうだったな」
「いや、今の間!とわっち、絶対忘れてるでしょ!」
まりんはとわこの肩を掴むと、大笑いしながら激しく揺さぶる。とわこはそんなまりんに迷惑そうな表情を向けると、逃げるようにつきの後ろに隠れた。
「何とかしてくれ。あ…合葉つき」
「だからさ!とわっち、つっきーの名前呼ぶ時にどもるの何なん?」
「ふふ。それじゃ、とわこ。飲み物を買いに行きたいので付き添ってくれませんか?」
「もちろんだ」
「まりんさんは私たちが戻るまで中庭の整備をお願いします」
「がってんしょーちのすけ!」
「あ、あの…もしよかったら、私も手伝ってもいい?」
おずおずと手をあげたゆめに、つきは目を見開く。しかし、次の瞬間には「もちろん。嬉しいです」と柔らかく微笑んだ。とわこはつきの後ろで頷き、まりんはゆめに勢いよく飛びつく。
「やったー!じゃあ、ゆめりん!あたしと一緒にひまわりに水やりしよ!」
「うん!」
「よしよし!じゃあ、あたしがやり方教えたげる!こっちきて!」
そう言って、まりんは園芸用の道具がある場所までゆめを案内した。
つきの目から見て、まりんもゆめもとても楽しそうだ。
「とわこ。行きましょう。飲み物を四人分買いませんと」
「優しいな、あ…合葉つき」
「ふふ」