かげ
「えっ!うそうそ!すごい!」
中庭に着いたゆめは両手で口元を覆いながら驚嘆の声をあげた。
視界いっぱいに広がる、黄金の太陽の花。
夏の代表花、ひまわりである。
その太陽の花が中庭いっぱいに咲き乱れており、ゆめは興奮しながらひまわりに近づいた。
「こんなにたくさんのひまわり…綺麗!中庭が花畑になってるなんて知らなかったな。もしかして、春も秋も冬も別の花が咲くとか…?」
「ええ。春夏秋冬この場所には様々な花が咲きますよ」
「え…あっ、合葉さん…?」
誰もいないと思っていた中庭には先客がいたようだ。
聞こえてきた声の方向に顔を向けると、園芸用のシャワーヘッドを持ったつきが柔らかく微笑んでいた。
先客がいたとはしらず、子供のように声をあげてしまった。ゆめは羞恥で顔を赤くしながら、つきに向けて笑顔を返した。
「…ごめんね。誰かいるなんて思わなくて…お見苦しいところをお見せしました…」
「いいえ、見苦しいなんて…そんなことはありません。私が手ずから世話をしている花たちを褒めてくれてとても嬉しかったです」
「え、ここの花って合葉さんが育ててるの?」
中庭は決して狭くはない。この広さの範囲にある花を全て彼女ひとりで…?
ゆめがぱちりと目を見開くと、つきは僅かに首を振った。
「いいえ。流石に私一人では…。まりんさんととわこも一緒に世話をしてくれています」
「ああ、水鳥さんと都留田さん。本当に仲がいいね」
言いながら、ゆめは先ほどのとわこの姿を思い出した。
…彼女はもう教師の説教から解放されただろうか。
「あ…そういえば今って授業中なんじゃないの?合葉さんはどうしてここに?」
「今は休み時間ですよ。…少し面倒なことがありまして、教室にはあまりいたくなかったものですから、まりんさんと一緒に中庭の花を見に来たんです」
「…面倒なこと?」
つきの言葉を疑問に思い聞き返す。けれど、彼女は曖昧に笑うだけで口を開く様子はなかった。
…どうやら答えたくない質問らしい。誰にだって詮索されたくないことのひとつやふたつはあるし、ゆめはつきにとって親しい友人というわけではない。口を開かないのも当然だろう。
そう思ったゆめは話題を変えるため、なるべく明るい声で「ってことは!」と両手を叩いた。
「水鳥さんも中庭にいるの?…パッと見、いないみたいだけど」
「まりんさんは飲み物を買いに自販機に行っています。じきに戻ってくると思いますけど…」
「そうなの?だったら、私がいたら気を遣わせちゃうね」
「え?どうしてですか?」
「んん?だって、仲のいい友達同士でしょ?私なんかが割り込んだら悪いよ~」
へらりと笑ってそう返すと、つきは無言でゆめの顔を凝視した。
何事かと瞳を瞬かせると、真剣な顔をしたつきは訥々と口を開く。
「まりんさんはそう言ったことを気にするような人ではありませんし、私も気になりません。それに、その言い方はまるで…」
「ゆめちゃん」
つきの言葉を遮るように、第三者の声が中庭に響く。
優雅な足取りで中庭に現れたのは、美しい笑顔を携えた夜桜みことだった。
「あ、みこと。ごめんごめん、だいぶ遅くなっちゃった」
「本当だよ。先生にうま~く言い訳しておいたから、早く教室に行こう?次の授業の準備をしなくちゃ」
「そうだね。あ、それなら合葉さんも教室に…」
「いえ、私はまりんさんと一緒に戻ります。ありがとうございます」
「そう…?」
少しだけ顔の強張ったつきを見て、ゆめは疑問符を浮かべた。
そんな空気には気づいていないのか、みことはゆめの手を引き寄せると、恋人同士のように指を絡めて繋いだ。
「合葉さん。さっきの教室でのことだけど、先生にはきちんと報告しておいたし、該当の生徒には厳しい指導をしてもらうようお願いしたから、安心して戻ってきてね」
「…ええ、ありがとうございます。夜桜さん」
「気にしないで。クラスメートだもの」
美しく笑ったみことに、つきは無表情で会釈をする。
ゆめは状況が一切分からず困惑したが、みことに手を引かれて半ば無理やり中庭から連れ出された。
生徒の少ない廊下を、みこととゆめは二人で歩く。
暫く無言で歩いていたが、周りに生徒がいなくなると、ゆめは不安げにみことに問いかけた。
「ねえ、教室で何かあったの…?」
「ああ、大したことじゃないの。ゆめちゃんが気にするようなことはなにもないよ」
「そ、う…?」
ゆめは眉尻を下げながら、少しだけ俯いた。
みことにそう言われてしまえば、ゆめはそれ以上疑問を口には出来ない。
みことはそんなゆめを見て微笑むと、彼女の背中に手を回して優しく抱きしめた。