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Ms.悪鬼  作者: 星守
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闇夜に鉄砲

 不思議なことに、まりんの体調はみるみる良くなり、健康調査が始まる頃には全回復していた。

 その結果、彼女は林間合宿に参加することになり、つきもゆめも大いに喜んだ。

 生徒たちはバスに乗り込み、林間合宿の舞台である隣県の山に向かう。

 バスの中では始終平和に時が過ぎていった。

 班のみんなとの菓子の交換、ミニゲーム、他愛無い雑談。そのどれもがゆめにとっては初めての出来事で、嬉しくて、楽しくて、自然と笑い声が絶えない移動時間になった。

 数時間後。バスは目的地に到着する。

 あっという間の数時間だった、とゆめは口角をあげたまま息を吐いた。


「じゃあ、まずは荷物を持って部屋に向かおうか。部屋割りは班ごとに決まっているからこの冊子を見ておいてね。荷物を移動させたら、登山の予定だから準備しておいて」


 みことの指示に、ゆめたちは静かに頷く。

 みことから差し出された冊子を手に取ったとわこは、興味なさげにパラパラと数枚だけ捲った。


「私はこれから先生たちと会議があるから…合葉さん、班のみんなを部屋に連れて行ってくれる?」

「ええ、分かりました」

「あ、じゃあみことの荷物も部屋に持っていくよ」

「大丈夫だよ。それに、私の荷物、だいぶ奥のほうに積まれてるし、生徒たちが荷物を取り終わった後じゃないと取り出せないと思うから」


 みことは顎に手を添えながら、思案顔で首を傾げる。

 確かに、生徒会長で教師たちからも頼りにされている彼女は、今回林間合宿に参加する誰よりも早く学校に到着していた。ゆめが登校した時には既にみことはバスに荷物を積み終えていて、教師たちの輪の中で話し合いをしていたように思う。

 それを思い出したゆめは「…そっか。手伝えることがあったら呼んでね」と小さく頷いた。


「ありがとう。ゆめちゃんは優しいね」


 みことは蕩けるような笑顔をゆめに向ける。そして、ゆめの右手を両手で掴むと、そっとその指に口づけた。


「みこと!」

「ふふ、じゃあまたあとでね」


 可愛らしく笑ったみことはゆめの手を離して駆けるようにバスを降りる。

 ゆめはつきに向けて曖昧に微笑むと「えっと、じゃあ荷物取りに行こうか」と立ち上がった。


 バスを降りると、自分の荷物を取りに向かう生徒たちでごった返していた。

 生徒たちの荷物はバスの下部にある倉庫に収納されている。

 人込みに流されそうになるつきとゆめを、とわこが掴んで引き戻した。


「やはり、人が多いですね」

「そうだね」


 ゆめとつきは顔を見合わせて笑う。

 林間合宿という行事は、高校生である自分たちの大型イベントである。そのため生徒たちが浮つくのは理解できるが、まるでバーゲンセールのようだとゆめは思った。


「私が荷物を取ってくる。あ…合葉つきたちはここで待っていてくれ」

「え⁉とわっち一人で行くの?人がいなくなるの待てば良くない?」

「それでもいいが、その頃には私たちの荷物は引きずられ圧迫され投げ捨てられているだろうな」


 とわこの言葉に、まりんは人でごった返す倉庫に視線を移す。そして、もみくちゃにされている荷物を見て顔を青くさせた。


「あ、あたしのデパコス…!」


 悲痛そうに呟いたまりんの言葉を拾って、ゆめとつきはハッと目を見開く。

 女子ならば分かる。デパコスが女子にとってどれだけ貴重で高価で大切なものかーー。


「バイト代で買ったファンデ!パウダー!リップ!…今すぐ行かないと…!」


 可愛いパケが破損でもしたら泣く!まりんの顔にはそう書いてあった。

 今にも飛び出しそうなまりんの首根っこを掴んで、とわこはそれをつきに託す。


「私が行くから水鳥まりんはあ…合葉つきと共にいろ」

「あ!待って、都留田さん。私も一緒に行くよ」


 半泣きのまりんの背を、つきが苦笑しながら撫でる。ゆめはそんなつきと一度アイコンタクトを取ると、ずんずんと進んでいくとわこの後を追った。

 とわこが前進すると、周りの生徒たちは皆あからさまに彼女を避ける。その光景はまるで、モーセの海割りのようだった。倉庫の入り口で荷物を漁っていた生徒も、とわこの顔を見てさっと左右に身を寄せる。生徒たちはそんなとわこを見て、小さく会話をし始めた。

 …あまり聞こえないが、十中八九悪口だろう。

 ゆめはその事実に心を痛めたが、とわこは毛ほども気にしていないのか倉庫の中をぐるりと見回した。


「随分暗いな。それに、寒い」

「冷房効いてるのかな?でも変だね。倉庫なのに」


 とわこの言葉にゆめは頷く。倉庫の中と外でだいぶ気温差がある。倉庫の中はまるで冷凍庫のようだった。

 とわこは飛び乗って倉庫の中に入り込む。そして、奥の真っ暗な空間に視線を移し、その瞳を鋭く尖らせた。


「都留田さん?どうかした?」

「…いや、お前が気にするようなものじゃない」


 とわこの反応を不思議に思ったゆめは、倉庫の縁に手をかけて奥を覗く。しかし、やはり暗闇しか見えなかった。


「霧花ゆめ。荷物を見つけた」

「あ、ありがとう」


 投げられた荷物を掴むと、それは確かに自分のものだった。

 とわこは次につきとまりんの荷物を掴むと、神妙な顔で倉庫から飛び降りる。

 苛立ったような、怒ったような、そんな顔で。


「都留田さん…」

「目的は達した。早く戻ろう」

「うん…」


 先ほどと同様、ずんずんと歩くとわこの背中をゆめは慌てて追いかける。

 最後にちらりと倉庫を見るが、一体何があったのかゆめにはまるで分からなかった。

とわこは林間合宿に自分の荷物持ってきてません。

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