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Ms.悪鬼  作者: 星守
12/16

夜がくる

「ごめんね、ゆめちゃん」


 開口一番。みことはそう言って頭を下げた。


 ゆめが怪我を負ってから一週間。みことは一度もゆめの元を訪れなかった。しかし一週間後の朝、松葉杖をついたゆめが玄関扉を開けると、そこには憔悴しきったみことの姿があった。眉尻を下げ、青白い顔はゆめよりも病人のようだ。ゆめはあんぐりと口を開けると、緩慢にみことに近づいた。


「どうしてみことが謝るの?悪いのはーー…」

「あの女子生徒たち?」

「う、うん。そうだよ。みことは何もしてないでしょ?」

「…あの日、私どうかしてたの。ゆめちゃんが私から離れていくんじゃないかって思って、怖くなって、ゆめちゃんの顔まともに見れなかった」

「え?」

「でも、今回のことで再確認したの。やっぱりゆめちゃんには私がいなくちゃ。ゆめちゃんを守れるのは私だけなんだから」


 顔を上げたみことは喜々とした表情でゆめの手を握る。

 話が大きく逸れた気がするが、みことの笑顔の前では何も言えずゆめは口を噤んだ。


「ゆめちゃん、はい。松葉杖で学校まで行くのは大変でしょ?私がおぶってあげる」

「え?いや、いいよ…!」

「全く、ゆめちゃんのご両親もひどい人たちだね。娘がこんな重症を負ってるのに車で送ってもくれないだなんて。やっぱりゆめちゃんには私がいないと」

「ねえ、みこと…!」

「なあに?まさか、嫌?そんなわけないよね?」


 みことは両手でゆめの頬を包むと、至近距離からゆめの顔を覗き込む。

 漆黒の夜空のように美しいみことの瞳が、今はなんだか恐ろしいものに感じられた。

 嫌だ、と。そんなことはしなくていい、と。口に出したい。拒否したい。ゆめは強くそう思ったが、みことと目を合わせるうちに抵抗の意思が削がれていった。

 みことはそんなゆめに気分を良くしたのか、宝物のようにゆめを抱き締める。そして、ゆめの背中をそっと撫でると、頬に口づけを落とした。


「大好きだよ、ゆめちゃん」



 学校に近づくにつれて、登校する生徒たちの数が増えてきた。

 そうすればおのずと、ゆめとみことを視界に入れる生徒も多くなる。

 彼らは一様に、二人に好奇な視線を向けた。指をさす者、ひそひそと話をする者、可笑しなものを見るような視線を向ける者。様々だ。

 みことはそんな視線さえも嬉しいのか顔を綻ばせていたが、ゆめは激しい居心地の悪さを感じていた。

 みことのおんぶは教室まで続き、ゆめは自分の席についてやっと解放された。


「霧花さん、夜桜さん、おはようございます」

「!あ、合葉さん…」

「おはよう、合葉さん。後ろの都留田さんもおはよう」

「………」


 着席した直後、つきから声をかけられてゆめは背筋を伸ばした。

 …みことにおんぶで連れてこられたなんて、合葉さんには知られたくなかったな。

 ゆめは下唇を噛みながらそう思ったが、みことはどこ吹く風だ。

 上機嫌な笑顔でつきととわこに挨拶の言葉を投げたが、とわこは無言でそれを叩き落した。


「おっはよ~!ねえ、聞いて~。今朝、マスカラなくなっちゃってさ~。って、あー!ゆめりん!」


 困り顔で教室の扉を開いたまりんが、ゆめの姿を認めて顔を綻ばせる。

 軽くジャンプしながら四人の輪に入ると、ゆめの両手を握って上下に勢いよく振った。


「良かった~!もう良くなったんだね!あれ?骨折って一週間で良くなるもんなの?って、あ、松葉杖?え、もしかしてこれがないと歩けない的な!?」

「水鳥さん、ゆめちゃんに触らないでもらえるかな。前から思ってたけど、ちょっと乱暴すぎるよ」


 みことが眉を吊り上げてまりんの手を叩き落す。

 教室にパシン!という音が響いて、まりんは一瞬顔を歪めた。


「!みこと、今のはひどすぎるよ!」

「まりんさん、大丈夫ですか!」


 つきが慌ててまりんの手を取ると、叩かれたそこは赤くなっていた。流石にやり過ぎだと非難するゆめに対して、みことはきょとんと首を傾げる。


「どうして怒ってるの、ゆめちゃん。だって病み上がり…ううん、まだ病み上がってもないゆめちゃんにひどいことしたんだよ?」

「…ひどいって。まりんは握手してくれただけだよ?」

「?ゆめちゃんを守れない人なんかに触られて、ゆめちゃんも嫌だったでしょ?ね?」

「そんなことーー…」

「い、や、だ、っ、た、で、し、ょ?」


 みことが口角を上げてゆめの顔を覗き込む。その瞬間、ゆめは大きく身体を揺らして息を呑んだ。

 嫌だった?ううん、そんなことない。でも、嫌だったのかな。嫌じゃなかったよ。だって、まりんは好意で握手してくれだけ。でも、嫌だったのかも。嫌だった?嫌、だった…。嫌、嫌、嫌。


「わ、わたしーー…いや、だっ…」


 言いかけたゆめの言葉を遮るように、バンッ!と大きな音が響く。その音は先ほどみことがまりんの手を叩き落した比ではなく、教室中の視線が音の出どころに集中した。

 見ると、つきが思いきり机にノートを叩きつけたようで、机の上のペットボトルが微かに揺れている。

 教室中の視線を浴びながら、けれどひるむことなくつきは口は開いた。


「みなさん、もうじき朝礼の時間ですよ」


 つきの声は穏やかだったが、その表情の節々に怒りが滲み出ている。

 みことはつきに興味などないように無言で着席し、険しい表情をしたとわこはまりんを引っ張って自分たちの席に向かった。

 つきは横目でみことに鋭い視線を向けていたが、ゆめと目が合うと柔らかく微笑んだ。

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