8話 突然の来訪
急いで帰途につくとまだ午前6時前だった。
出迎えてくれた侍女が随分と早いお帰りでと言うので、そういえばマリエッタの所に泊まると言っていたのを思い出し、確かに早く帰り過ぎたな思いながら浴槽の準備を頼む。
お風呂は一人で入るからとドレスの背中の紐だけ緩めてもらい後は自分で脱いだ。
ー なにかしら、これ……
胸や太ももに赤い痕を見つけてふと考える。
ー もしかしてコレって!
それからこれが世に言うキスマークというやつだとわかって、昨日のことが走馬灯のようによみがえった。
ー しばらくは一人でお風呂に入らないと。着替えも注意しなきゃいけないわね
過ぎてしまえはどうってことはない。
身体は少しだるいが動けないほどでもなく噂に聞くほどではなかった。
むしろ一仕事終えたような清々しい気分だ。
それから自室に戻りベッドに転がるといつものシーツの感触にほっとする。
目をつむれば今すぐにでも眠れそうだ。
せっかくだからもうひと眠りしようかと瞼を閉じかけた時、馬車が家の前で止まる音がする。
すると急に家の中がバタバタと騒がしくなり、ドアをドンドンと叩かれた。
「どうしたの、一体」
眠りかけたところを起こされ機嫌が悪くなる。
「申し訳ありません、お嬢様。ですが、その…」
「何?」
「バートランド侯爵家の方がお見えになって」
「バートランド!!こんな朝早くに?」
「はい……」
フィーネは小さなため息をつくと仕方がないとでも言うように指示を出す。
「30分で用意するから客室にお通ししてちょうだい。とりあえず一番いいお菓子と紅茶も用意して」
「はい」
「あ、あとそれから髪と化粧ができる侍女も」
「かしこまりました」
侍女は急ぎ足で部屋を出るとフィーネはすぐさまクローゼットへ向かう。一番高いワンピースを手に取るも、胸元が開いたデザインにコレは駄目だと別のを選ぶ。
ー さすがに見る人が見たら分かっちゃうわよね。キスマークだって。
首元まで詰まったワンピースに着替えるとドレッサー横に既に侍女が2人スタンバイしており、早く早くと急かしている。
なぜだか気合満々の侍女に違和感を覚えつつもお任せでお願いする。
「出来ました!お嬢様」
「バッチリです!頑張ってください!」
短時間でコレをどうやってと言いたくなるような髪形と化粧の出来栄えに驚きつつ、私は客室へ向かった。
扉の前で少し切れた息を整えると、ゆっくりとドアを開けた。
「お待たせしt…」
ソファに座るシャンパンゴールドの金髪に青い瞳の美丈夫が目に入る。
瞬間的に昨日の青薔薇の貴公子が重なりドキッとする。
「レオ・バートランド、あなただったの?」
「バートランド侯爵家と言ったはずだが俺だと思わなかったのか」
「てっきり別の人かと…」
「……」
レオ・バートランドは微かに息を吐くと、無言で何かを訴えるように見つめ返して来た。
「な、何?」
「いや…」
「とにかくこんな朝早くに押しかけといて、よっぽど重大な案件なんでしょうね」
「そうだな。俺にも君にとっても」
そう言うとおもむろに鞄から一枚の紙を取り出しテーブルの上に置いた。
するとレオ・バートランドはとんでもないことを言い出した。
「結婚証明書だ。君にはこれにサインをしてもらう」
寝不足の頭が一気に覚めるような一言に、これは夢の続きではないかとフィーネは頬っぺたをつまむのだった。