6話 夜会④
ー 必ず戻るからここで待っていて
耳に残る「青薔薇」の言葉が頭をかけめぐる。途端にフィーネの身体は熱くなり、心臓がバクバクしてしまう。
ー こんな緊張…するなんて
らしくないなと思いながらフィーネは落ち着こうと何かフルーツでも取りに行くことにした。
夜会をもりあげるのは美しいシャンデリアや壁の装飾、そこに集う人々の華やかな衣装だけではない。
テーブルに用意された様々な料理やお酒も気分を高揚させる。美しく盛り付けられた数々の料理たちは人々の口へと運ばれ会話を盛り上げる。時にお酒は人を饒舌にさせる。
ー もう少し何か飲んどこうかしら
ワインに手を伸ばしたところで手をキュッとつかまれた。
「ひゃっ」
後ろに振り向くと青薔薇の彼が不安そうな瞳で私を見ていた。
「待っていてって言ったのに、君はすぐいなくなる」
「いえ、ただフルーツでも食べようかと」
「そこはワインの棚だけど?……それとも酔いたいの?」
「それは…」
するとつかまれた私の手は彼の形のいい口に近づき、指先に軽くキスをされた。
「酔わないで。私とのことをちゃんと覚えていてほしい」
「あ…う…」
強烈な色香にあてられ言葉が上手く出て来ない。
なにせ今まで社交パーティなどほとんど出ず仕事ばかりしていたのだ。
ましてこんな至近距離で口説かれたことなどされたことがない。意気込んだはいいもののやはり経験不足が表に出てしまう。
ー 青薔薇の貴公子って呼ばれるだけあって、ものすごくドキドキする
「もう飲みません、だから手を…」
「嫌だと言ったら?手を離したらまた君はどこかへ行ってしまう」
「そんな、どこにも行きません。それに今夜はあなたの薔薇に留まりたいと思って来たんです。会って今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じてます。そう言ったら意味はおわかりでしょう?」
「っ……君はどこまでも欲しい言葉をくれるね」
すると今度は私の手の甲にキスを落とした。心臓がドクンと跳ね上がる。
ー 何だか本当の恋人みたい。たった一夜限りの相手なのにすごく愛されてるみたいに感じさせてくれるのね。やっぱり噂は本物だわ
するとどこからともなくバイオリンの音が響き始めた。
今夜の出会いを盛り上げるかのように中央へと男女をいざないそれぞれ身体を密着させ踊り始める。
「私たちも行こうか」
手を引かれるままホールへ行き私たちも踊り始める。背中にまわされた手が熱い。
「ワルツを踊るのは卒業パーティ以来です」
「王立学園の卒業パーティかな?貴族のほとんどはあそこ出身だからね」
「ええ。その時はそんなに楽しいと思わなかったけど、今は何だかすごく気分がいいわ」
ー 婚約相手もいなかったからあの時は先生と踊ったのよね
「君にダンスを申し込む男は多かっただろう?」
「よく覚えてないです。だって全部断りましたもの」
ー だって結婚相手として品定めされてたんですもの
「君と踊りたかった男が少し可哀相だね」
「いいんです。特に踊りたい相手もいなかったですし」
「そう…」
急にグッと身体を引き寄せられると、ぎゅっと抱きしめられた。
「君との会話をこうして楽しみたいが今夜の私は余裕があまりないみたいだ」
それを合図と受け取った私は彼の背中に手をまわし抱きしめ返した。
「本当にいいんだね」
「ええ」
ホールから抜け出し奥の廊下を進む。
立っていた案内人に彼は一言二言告げると鍵を受け取った。
階段を上がってまっすぐ進むと一つの扉の前で彼は止まる。
扉を開け私が入るとカチャリと鍵のかかる音がする。
部屋の中は薄い明かりがともされているだけで良く見えない。
優しく肩を抱かれベッドに座ると、彼も隣に座りまた抱きしめた。
「君との今夜の出会いを永遠にしたいくらいだ」
「ふふ、それは言い過ぎです」
「本気だと言ったら?」
耳元でささやかれ身体が熱くなる。首筋にかすかにかかる息が熱い。
「冗談が得意なのね」
「そういうことにしておこう」
彼の唇が私の首筋に触れ、そして私の唇と重なった。
それから私たちの間に言葉はいらなかった。
ただお互いの熱を感じるまま、キスは激しくなっていく。
ー キスってこんなに気持ちがいいものなの
「———っあ」
それが思考できた最後で、その後はただ感覚のなすがまま深く深くとけていった。