5話 夜会③
「どうやら2羽の蝶々は他の花へと移りたいみたいだ。無粋な真似はしないことだね。それとキィキィ鳴く孔雀やガチョウは野山にでもお帰り」
青薔薇の美声から放たれた言葉に先ほどまでの勢いから一転、フィーネを罵倒していた2人の令嬢は顔を真っ赤にしてうつむいた。
白鳥の羽をつけたような仮面の令嬢に至ってはガチョウと言われ立つ瀬がない。
「さ、2羽の美しい蝶々のご令嬢方、私にエスコートをさせていただけますか」
優雅な所作で青薔薇の貴公子は私に手を差し出した。
幸運にも目的の人物「青薔薇」から声をかけてもらった上に、このようにして助けてもらえるとは思っていなかった私はドキドキしながらその手を取った。
「さ、そちらの緑の蝶のご令嬢も」
マリエッタも手を取ると2人でその場を抜け出した。酔いが回っているのかマリエッタの足元が少しふらついている。
「大丈夫?」
「う、、…たぶん」
「もしかしたら強いお酒を飲まれたのかもしれませんね」
「強いって、彼女はワインを2杯ほどしか飲んでないんですが」
「じゃあワインの中にもともと別のアルコールを混ぜてあったのかもしれない。より早く酔うように」
「そんな!」
「夜会ではよくあることですよ。それよりあなたは大丈夫ですか。少し頬が赤いようですが」
「ええ、私はお酒に強いので」
別のソファに移動しマリエッタをゆっくりと座らせ横にする。
夜会はまだまだこれからが本番とでも言うようにあちこちでお酒が飛び交い、皆今日の相手を見定めている。今この場所を支配しているのはそれぞれが内に秘めた欲に他ならない。
しばらくするとマリエッタは回復したのかゆっくりと体を起こした。頭が痛いのか手でこめかみを押さえている。
「そろそろわたし、帰らないと」
「それなら馬車を呼んできますよ」
青薔薇の貴公子がスッと立ち上がると扉の方に向かった。その姿を目で追う令嬢や貴婦人の様子が目に留まる。
同じように私も目で追ってしまっていると肩をトントンとつつかれた。振り返るとマリエッタは声のトーンを押さえて話しだす。
「青薔薇の貴公子とイイ感じですね」
「え?」
「ふふ、わたし全然酔ってないですよ。わたしもお酒、強いんで」
まさかの演技にすっかり騙された私は目を丸くする。
「わたしはこれから消えるんで、あとは好きにやっちゃってください」
やっちゃってが夜の意味にしか聞こえない。
ー まぁ、そのつもりではあるんだけど…
「本当に心配したのに」
「えへ、ごめんなさい、心配かけて。でもあの人いい人そうですし、フィーネさんのこと応援してますから」
「ありがとう、マリエッタさん。このチャンス、無駄にはしないわ」
「さすがフィーネさんです。こんな風に応援しておいて、わたしはまだ勇気が出せないなんて、本当に情けないです」
「そんなことないわ。マリエッタさんはまだとても若いし、結婚しないと決めるにはまだ早いわ」
「そんなことっ」
「あっ、こっち戻ってくるわよ」
彼は声をかけようとする女性たちを無視して真っすぐこちらに戻って来た。
「馬車がすぐ入口に来るそうです。赤い蝶のご令嬢も一緒に帰りますか?」
優しげなブルーの瞳の奥に何か熱いものが光っている。何か言いたいことでもありそうな、そんな目で私を見ていた。
「いえ、私は残りますわ」
ブルーの瞳がシャンデリアの光を受けて揺れている。
「……そうですか。では緑の蝶のご令嬢をお見送りしてきます。ここで待っていてください。必ず戻ってきますので」
彼にどうやら気に入ってもらえたらしい。どこの誰かもわからない貴族の令息なのに私は何だか胸が熱くなるのを感じていた。