4話 夜会②
フィーネとマリエッタを入れると丁度向かい合わせて8人がけのソファ席が埋まった。そして皆でグラスを持ち上げ「美しい2人の蝶のご令嬢に」と乾杯した。
どこからともなくカードが配られ、フィーネの隣に座った先ほどの赤い仮面の男が「ポーカーってやったことある?」と尋ねる。
無いと答えると「じゃあルールを教えてあげるよ」と得意げに口元が笑う。
狭いので肩と肩が触れ合って何だかとても落ち着かない。反対隣のマリエッタを見ると同じようにそのまた隣の仮面の男に教えてもらっていた。
ー あまり長居しない方が良さそうだわ
そう思ってポーカーがスタートすること、1時間。
フィーネたちが座るソファ席は二重三重の人だかりができていた。
「おぉー!またあの赤い蝶のご令嬢が勝ったぞ!」
「ロイヤルストレートフラッシュってほんとに出せるんだなー!」
「さっきは隣の緑の蝶のご令嬢がフォーカードを出してたわ!」
「わたくしは30分もここで観てますけど、赤い蝶のご令嬢が15回、緑の蝶のご令嬢が5回、対面に座ってらっしゃる白い仮面の貴公子が唯一1回勝っていましたわ」
「ってことはほとんどあの蝶のご令嬢方が勝ってるじゃないか」
最初はそれほどでも無かった見物人があれよあれよという間に増えていき、今ではフィーネかマリエッタが勝つ度に歓声があがる。
その歓声を聞きつけてなんだなんだとまた見物する人が増えていく。これでは席を立つどころか目的の人物も探せない。
ー もしかしたらポーカーをしている間に見逃して、どこかの令嬢と奥に入っていったのかも…
夜会に詳しい友人の話では「青薔薇」と呼ばれている貴公子がとても紳士的で、特に夜における女性の扱いが上手いらしい。優しさ溢れるほほ笑みを絶やさず、おしゃべりも上手で、とにかく一番のおススメだそうだ。
しかしながらこういった仮面をつけた夜会にしか現れず、必ず仮面には青薔薇の装飾がついているという話だ。
ー まぁ、見つけて声をかけたとして相手してもらえるかわからないんだけど…
「もう、お開きにしましょ」
唐突にフィーネの斜め向かいの孔雀の羽のような仮面をつけた令嬢がカードをポンっとローテーブルに投げ捨てた。
「それもそうだな」
誰かのその一言を皮切りに手元のカードをポイっと皆投げ捨てていく。
そしてゲームの終わりを察した見物客たちがぞろぞろと引いていく。
私は周りの視界が開けたことに安堵し、同じようにカードをテーブルに置くと残ったワインをグイっと飲み干した。
「とっても楽しかったわ。じゃ、私たちはこれで…」
フィーネが立ち上がりマリエッタも遅れて立ち上がろうとすると、突然隣の赤い仮面の男にグイっと腕をつかまれた。
ー え、……何……!?
「だったらもっと楽しいこと教えてあげるよ」
赤い仮面の男の口元が嫌な笑い方をした。
一瞬で私の身体に危険信号が走る。
「いえ、今日は別の目的があるので」
「別の目的って?」
「青薔薇の貴公子を一目見ようと…」
すると最初にカードを捨てた孔雀の令嬢がけたたましく笑い出す。
「青薔薇の貴公子ですって?あはは、あなたみたいな初心な子、相手にするもんですか。彼はもっと色気がある大人の女しか相手しないのよ」
先ほどまで注目を集めていたフィーネやマリエッタが気に入らないのか、白鳥の羽をつけたような仮面の令嬢もそれに乗っかった。
「そうよ、そうよ。それに青薔薇は美しい金髪に碧眼だそうよ。噂ではあのバートランド侯爵のご令息だとか。そんなお方があなたのような地位の低そうな女、目にとめると思って?」
「バートランド?」
「あら、レイ・バートランドをご存じない?ま、ちょっとポーカーが強いだけじゃ天地がひっくりかえったってあなたみたいな下位貴族が会えるわけないでしょうけど」
ー いや、よく見かけますけど
と、言いたかったがこんな陳腐な口喧嘩を相手するだけばかばかしい。
何よりあのレイ・バートランドがこんな夜会に来るはずがない。私の知るレイ・バートランドは良くも悪くも頭の固い男だ。
天地がひっくりかえったってあり得ない。
キィキィ言う令嬢2人にオロオロする仮面の男たちを見ていて、何だか三文芝居でも見せられてるようだと考えていたら、横から急に低音の声が響いた。
「先ほどのポーカー素晴らしかったよ、赤い蝶のご令嬢」
フッと声のする方へ全員が顔を向けるとそこには青い薔薇の装飾がついた仮面の奥に、サファイアの瞳が鋭く光る貴公子が立っていた。
「えっ、まさか」「青薔薇?」とうろたえる2人の令嬢を無視して、フィーネとマリエッタの方へと顔を向ける。
「君、いつまでその令嬢の腕をつかんでる」
言われてビクッとした赤い仮面の男はパッと私の腕を放す。少し赤くなった腕をさすり、私はもう一度「青薔薇」と呼ばれる人を見た。
シャンデリアの光を受け反射する綺麗な金髪に、均整のとれた顔の輪郭、スラリとした長い足にスタイルも整っていて、確かにレイ・バートランドだと間違われるのも仕方ないのだろうと感じた。