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2話 フィーネの決意

「そりゃ、アレに決まってるじゃないか。貴族の男は初めてにこだわるからな。すでに男を知ってる女は令嬢じゃないだろ。高位貴族なんかは特にその傾向が強いんじゃないか」


イリスのしたり顔をよそにフィーネはイリスの言葉を反芻していた。


ー 貴族の男は初めてにこだわる。ということは初めてではなくなれば結婚を申し込む人はいなくなる?


もちろん初めてにこだわらない貴族令息もいるだろう。しかしながらそういう男には何かあるというものだ。そうなればあれこれと理由をつけて断ることができるというもの。


私はわずらわしい状況を打開する一筋の光明を得た気持ちでマリエッタを見返した。


どうやらマリエッタも同じことを考えていたに違いない。二人で笑顔を交わすとイリスの方を向く。


「イリスもたまには良い事言うじゃない」


「イリスさん、ありがとうございます」


「え、あ…、うん」


イリスにはなぜ感謝されてるかわからなかったが、居心地の悪い会話が終わったのでほっとしたようだ。

一方ジルベールはというと関心なさそうにナイフで肉を切っている。



そこに丁度ガードナーが姿を見せ、私たちを見つけて席に着く。

それと同時にジルベールが一応という感じで室長にペコっと頭を下げた。


「あれ、フィーネさんとマリエッタさんが随分と楽しそうだけど何の話をしてたんだい?」


「ええ、それは…」


フィーネが言いかけたところで突然貴族令嬢たちの黄色い声がその場に響き渡った。


見なくても分かるその令嬢たちの中心にいるのは間違いなくあの男だろう。


王立学園の時から令嬢たちの強い視線を浴び続け、侯爵家の嫡男にして麗しい顔を持ちながらもほとんど笑顔を見せない「氷の貴公子」の異名を持つあの男、レオ・バートランドだ。


何を隠そうフィーネとイリスとは王立学園時代の同級生でもあり、フィーネとは首席を争い見事にその称号をかっさらって行った人物である。

その後は王国騎士団兼外務省第一執務室に在籍し異例の速さで出世しているという話だ。


貴族としての地位、肩書、才覚、外見どれをとっても非の打ち所がないというのはまさにレオ・バートランドのことを言う。

そんな男がいまだ独身というのだから令嬢たちが色めきだっても仕方がない。


ー あんな男がいるからいつまで経っても貴族女性の幸せは結婚だなんて言われてしまうのよ


令嬢たちの騒がしい声が響き渡り食堂は会話どころではなくなってしまった。

先ほどまで意気投合していたマリエッタでさえレオ・バードランドをチラチラ見ている。

遠目から見ても目立つ金髪に冷たく光るブルーの瞳は学園時代から変わっていない。


私はまたもため息をもらし、さっさとランチを食べ終えてこの場から立ち去ろうと室長に声をかける。


「業務に戻りたいので先に行ってもよろしいでしょうか」


「フィーネ、もう戻るのか。室長も来たばっかりだしもうちょっといればいいじゃないか」


「早く仕事を終わらせたいのよ」


「私は構わないよ。遅れたのは私だしな。イリス君もマリエッタさんも、あとジルベール君だったかな、好きにしてくれ」


「えっと、僕はまだここにいます」


「あ、わたしも…」


「あ、じゃあ、俺も…」


私はガードナーに軽く頭を下げると残る三人を後目に食堂を出て行った。


食堂を出る際レオ・バートランドと一瞬目が合ったような気がしたが、さして気にも留めることなく午後の執務をこなすことに集中するのだった。



そうして執務が終わり帰路に着くとまたも昼のイリスの言葉が頭をよぎるのだった。

その横には新たに両親から送り付けられた自領近隣の令息たちの肖像画と釣り書き、それに貴族令嬢としての幸せとはについて書かれた母からの手紙が数十枚折り重なってテーブルの上に置かれていた。



翌日からフィーネは社交に明るい王立学園時代の旧友を休憩時間を見つけては訪ねていた。

社交パーティや夜会にほとんど出たことがないため、あの計画を実行に移すにしてもある程度の情報は仕入れておきたかったのだ。


つまるところ自分の花を散らすに最適の男をある程度目星をつけておこうと思ったのである。

口が堅く、外に決して漏れることがなく、且つ女性経験が豊富なあと腐れのない浮気男を。


「マリエッタさん、ちょっと…」


「どうしたんですか、フィーネさん」

化粧直しに行こうとするマリエッタを廊下で捕まえて私は小声で話した。


「実は前言っていたことだけど、今夜行こうと思うの。マリエッタさんはどうする」


「え、本当に!」


「しっかりした家紋のお屋敷で開かれる夜会なんだけど、そうゆうのを目的にしている人も多くて仮面をつけて参加するみたいなの」


「え、でもそれじゃ誰が誰だかわからないから危なくないですか」


「それがそうでもなくて目星をつけた人は何度か参加していて、いつも同じ仮面をつけているらしいのよ。その特徴も聞いているしある程度の背格好や髪色分かってるから間違えないと思うわ」


「え、でも…」 


「もし無理だと思ったらマリエッタさんはすぐに帰ってもいいから、行く時だけ一緒に行ってくれない?」


私もいくら覚悟を決めたとはいえ一人で行くのには勇気が出なかったのだ。


「どう?」


「そうですね、…わかりました。わたしも考えていたことですし、一緒に行こうと思います。ただ両親が外泊を許してくれないので先に帰ると思いますが」


「いいのよ、ありがとう!じゃ、今夜7時か8時くらいに馬車で迎えに行くから待ってて」


「はい!」



自分の両親が後で知ったら激怒するに違いないことは分かっていたが、それは王都にいる間に恋人が出来てそうなったものの別れてしまったということで通そうと思っている。


ただでさえ行き遅れだというのに、そこに貴族令嬢として価値が落ちているとあれば結婚を申し込む令息は激減することだろう。

特に地方の貴族は令嬢の純潔を重んじるから尚更に違いない。


今の憂いが無くなることを想像すると私は緊張や不安よりも喜びのほうが大きかった。



そしてその日の午後の執務は夜会のことで頭がいっぱいだったのか、ほとんどミスをしたことのない翻訳の書き写し作業に何度か失敗し、数枚最初から書き写すことになった。

それでもなんとか就業時間内に終わらせて、急いで鞄に荷物を詰め込む。


そしてガードナーに挨拶を済ませ足早に執務室を出た。マリエッタはまだ業務が残っていたが、あの量であれば30分もあれば終わるので問題ないだろう。



いつもと様子が違うフィーネに微かな違和感を覚えたのか廊下でイリスが声をかける。


「フィーネ、いったいどう…」


「今日はマリエッタと約束があって、話があるならまた今度ね!」

私はイリスの方を見ることもなく足早に去って行く。


フィーネにとっては一世一代の勝負、相手をしてもらえるよう身支度を整えねばならない。


王宮内をすれ違う人の中にあのレオ・バートランドがいたことにも気づかず、私は馬車に飛び乗るのだった。






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