20話 カールのアドバイス
「いってらっしゃいませ、デリック様、レオ様」
仕事場に向かう侯爵と彼を数名の侍女や使用人たちと夫人がお見送りする。そこに私も一緒に並んで、扉の前に立つ二人を見ていた。
本来なら私も出勤するはずなのに、こうして見送る側にいることが悔しくてたまらない。
「行ってくるよ、アンネ。さぁ、いつものを」
「あなたったら、仕方のない人ね」
アンネリーゼがデリックの頬に軽くキスをすると、彼ももまた夫人の頬にキスをした。
朝から随分と仲がよろしいことでと思っていると、侍女や使用人たちは慣れていることらしく、静かに二人の様子を見守っている。
するとレオとフィーネは何もしないのかというデリックとアンネリーゼからの視線が刺さり、仕方なく私は彼に近づいた。
先ほど夫人がしていたみたいにすればいいのかと思いながら彼の肩に手をかけ背伸びをするも、彼の身長が高すぎて頬まで顔が届かない。
よく見ると彼の目の下の隈がひどい。微かだがお酒の匂いもする。
「あの、もうちょっと屈んでくれないと」
すると小さく彼は呟いた。
「嫌だね。心にもないことを」
目を背けて私を見ようとしない。
どうやら昨日言った私の言葉を根に持っているようだ。いや、それとも寝室に行かなかったことを怒っているのかもしれない。
ー というより両方か
イライラして色々と口走ってしまったことは反省している。
けど彼にぶら下がったようなこの状態を今は何とかしてほしい。
「じゃあ心を籠めるわ」
状況的にさっさと頬にキスすれば終わるものを、そうしない彼に小さな苛立ちを感じてしまう。
ー どこまでも誠実で頭が固いんだから!
私はそのままぎゅっと肩を掴んだまま彼の首筋に唇を押し付けた。
「―――っ」
「頬が届かなかったもので、いってらっしゃい、あなた」
私はこれでもかっていうくらいニッコリ微笑んでやると、彼は手で首筋を抑えたまま目をまん丸にしていた。
出勤できない腹いせとしては少し溜飲が下がる思いだ。
それを見ていたデリックが一言、
「ほぅ、熱いねー」
と言った。
♢
第一執務室にいつもより早く着くと俺はいつものように鞄を置き、今日のスケジュールを確認する。主に
大国がある東ジアリア大陸の外交上の政策案をまとめるこの部署では一日中会議だらけだ。
ふと今朝のことを思い出し首筋に手を当てる。
彼女の唇の感触が残っていて、熱い。
「はぁ…全く意味が分からない…」
口に出したつもりはなかったが、どうやら声に出ていたらしい。
「え、何が?どの案件のことだ?」
隣のデスクのカールがすかさず声を拾う。
彼もまた同じように王国騎士団を兼任していて、この前の夜会の時に噛ませ犬として協力してくれていた。
「あ、いや…仕事のことじゃなくて」
「ああ、なるほど」
察しのいいカールはすぐにピンときたようだ。
「かなり手強そうな相手だもんな、彼女。ポーカーなんて結構本気でやったのに勝てなかったし」
「あの夜は本当に助かった。協力のおかげで上手くいったんだ。だが、その後が全く上手くいかない」
「上手くいかないって?」
「彼女に俺のことは嫌だと言われた」
「嘘だろ!というよりバラしたのか!?」
そういえば夜会の後のことはまだ話してなかったなと、あの後のことをカールに話す。するとカールは大笑いして俺の背中をバンバン叩いた。
「真面目なレオにしては想像を超えて来たなぁ!いや、お前にしちゃ上出来、上出来!」
「上出来なものか。昨日なんて…」
と言いかけてやめた。
寝室に行ったらいなかったなんて口が裂けても言いたくない。
「いや、女ってのは分からんもんだぞー。女心と秋の空っていうくらい気持ちは変わるもんだ」
「そう簡単なもんじゃない」
「まぁな。あ、そういや結局来なかったらしいぞ。本物の青薔薇の貴公子とかいうやつ」
「そうなのか」
「なかなか運のイイヤツだよな」
「そうだな…」
そう言いながら俺はまた手を首筋に持っていく。するとカールがニヤニヤしながら、
「で、さっきから首筋ばかり気にして何があったんだ?」
と顎を撫でながら言った。
どうせ不埒な想像でもしてるのだろう。
そして、ふと、不埒で思い出す。
「ところでお前、あの時フィーネの胸ばかり見てなかったか?」
俺が冷ややかな視線を送ると、
「あ、やっぱバレてたか。あれは男の性だからしょうがない」
と開き直るカールには後の訓練で思いっきり返させてもらうとして、
「でも、まぁ本当に嫌ってんならお前に触れたりしないよ。とりあえず毎日愛を囁いてキスでもすることだね」
というアドバイスだけはいただいておくことにする。




