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9話 悪魔の微笑み

「結婚証明書だ。君にはこれにサインしてもらう」


何を言っているのか正直理解できなかった。

いや、むしろ今目の前にいるレオ・バートランドが本物なのかさえ疑うほどだ。


「気でも狂ったの?」


「至って正気だ」


ー いやいや、ちょっと待って。ぜんっぜん状況が飲みこめないんだけど


「私、今日疲れてるの。冗談は休み休みにして…」


「冗談を言いにこんな朝早くから来たと思うのか?」


「いえ、まぁ……」


ー あれ、これって私がおかしなことを言ってるのかしら



冗談でもなく本気で言ってるのだとして、なぜ自分に言うのかがまるでわからない。

そもそもレオ・バートランドとは王立学園を卒業してからまともに話したこともないし、王宮でたまに見かける程度だ。


「あの……あなたと私ってそんなに親しかったかしら」


すると今度は怒りに満ちたような瞳で睨まれる。


「君の目は案外節穴だな。まだ気づかないのか」


先ほどからかみ合わない会話に何と答えていいかわからず口をつぐむと、レオ・バートランドは大きなため息をつき真っすぐに私を見た。


「昨日の君の相手は俺だ」


「は?」


「昨夜君と寝たのは俺だと言ってる」


ー 昨夜・・・・・・寝た・・・?


そこで初めて点と点がつながり一気に頭が回転する。


夜会とレオ・バートランドが結びつかず他人の空似だとばかり思っていたあの「青薔薇」が彼本人だったのだ。

いや、それを今本人の口から聞いたにもかかわらず、あんな風に甘く情熱的な言葉を囁いて一夜を共にしたのがレオ・バートランドだなんて信じられなかった。


「嘘……でしょ…」


「嘘だと思うなら君が信じるまで挙げ連ねてもいい。共にダンスをして抱き締めて、君のどこにどうキスをしたのか全て覚えている。今もその痕が残っているだろう、赤い蝶のご令嬢?」


赤い蝶のご令嬢ーその響きに昨夜の彼の声が蘇る。

心臓が跳ね上がると同時に一気に血の気が引いて体が冷たくなる。


間違いなく昨日一緒にいたのはレオ・バートランド、彼なのだ。


ー だからって、何で…結婚?


そこでハッとする。

私は昨日のが初めてだった。

シーツには血の跡があったに違いない。

だから、きっと彼はその責任を取ろうとしているのだ。


彼のことだから仮面をはずして顔を確認したに違いない。そして驚くべきことにそこにはかつての同級生の顔があった。だからこうして訪ねて来たのだ。


全てのピースが揃ったように私の頭はクリアになった。


「あの、そういうことなら大丈夫だから、私」


「何がだ?」


「気にしなくてもいいわ。その、、私が初めてだったから責任を取ろうと思って結婚なんて言ってるんでしょ。でも元々捨てるつもりで」


彼の右手がテーブルをバンッと叩いた。

その大きな音に言葉は遮られる。


「悪い…聞くに耐えなくて」


「いえ…大丈夫よ」


一瞬の沈黙の後、気まずい雰囲気が流れる。

口火を切ったのは彼の方だった。


「君は何か勘違いをしている。俺は責任を取りに来たんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()んだ。」


「え?」


「俺は昨夜が()()()だった。君にはその責任をとって結婚してもらうよ、第3執務室のフィーネ・アクトン男爵令嬢にね」


彼の口角が仄かに上がり美しく笑ったその顔はまるで悪魔のようだった。



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