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 その直後のこと。

 現在地から見て南西側に位置する歪で巨大な木の影が、突如として白く眩い光と爆ぜた。

 目算ではあるが海から上陸した辺りだろう。


 自衛隊による攻撃だとは二人とも直ぐに理解ができた。

 東京の上層部が居なくなったから判断が後れたのか、お陰で判断が早まったかは分からないけれど、命令さえ出てしまえば迎撃ミサイルを発射するという行為自体は訳もない。


 ただ一点問題があったとすれば巨木の迎撃地点が市街地を掠めた事だろうか。


 ……否。これから巻き起こる惨劇を鑑みればミサイル数発なんて生温いことを言わずに生物兵器でも衛星攻撃兵器でも引っ張り出してこれば良かったのだ。

 逃げ遅れた人間は捨て置いて、避難所も学校も博物館も全てを犠牲にここで食い止める必要があったというのは、些か結果論が過ぎるかもしれないけれど。


 光が収まり巨木を包んでいた煙幕も晴れてきた頃、更地に戻った爆心地に残っていたのは少しばかりの硝煙の匂いと無傷のまま蠢く影だけであった。


 二度三度と徐々に威力が高くなっていく兵器が夜の帳を白く染めるが、その効果は感じられない。

 戦後以来、日本の市街地で起こった兵器による爆発においては被害も威力も間違いなく最上。それも一屯所の独断により自国へ向けて放たれた物であるというのに、対象への攻撃としてはまるで成り立っていないのだ。


 しかし何故だかは分からないけれど、その事は誰もが、発射のボタンを押した尉官でさえも何処かで察していた事である。


 ミサイルが直撃すればどんな生き物でも即死する。そんな至極当然の常識ですらはね除けてしまうのは、奴ら自体が非常識な存在だからだろう。


「あの……大丈夫ですか?」

「ええ」


 後ろから帰ってきた声は確かに冷静ではあったが、彼女の顔色は夕日に照らされても尚発色が悪い。

 人、というか人形のモンスターを一匹轢き殺しても動じなかった彼女のことだから、よほどの事だったのだろう。そこでカイの脳裏には一つの疑惑にたどり着く。


 あの家は本当に彼女の祖父の家だったのかもしれない。と。


「卑しい女と笑いなさい」


 どうしてそんな事を言いだしたのか、口端が歪まないように努めて意識しながらカイは考える。


「……分の悪い賭けに乗ったのは、あの家に行く為ですか」

「ええ、私の天秤には一枚多くチップがのっていた。だから傾いたのよ」


 そうして彼女は「悪かったと思っているわ」と、少しいじけた様に目を伏せる。


 当然ながらカイは桜島へやってくる前、ここにレイの親族が居るとは知らなかった。そのことを知らされたのは家へ入る前になってからであるからして、利用されたと捉えることも出来る。

 最初に提案をしたのはカイとはいえ話を蒸し返したのはレイであり、そして彼女は今になり意図して目的を隠していたことを恥じつつあったのだ。


「お爺さんと仲が良かったんですね」

「どうかしら。あれは剣の人だったから、稽古の度に竹刀で殴られたわ」


 そういえば角材を振り下ろす姿勢は綺麗だった。思い返してみればあれは一朝一夕で身につく芸当では無い。


「だとしても、あの姿はあんまりですよ」

「それはもう大丈夫だと言ったじゃない……それよりも、あなたは家に帰らなくて良いのかしら?」


 特段気になったわけではないが、レイはしんみりとした雰囲気を断ち切る為にそう聞いた。


「しばらくは帰りませんかね。実家は山間部の限界集落ですし父も猟師なので、寧ろ変に急いで帰ってモンスターを呼び寄せても面白くありません」


 だがそこでカイは気付く。この車の後部座席には今し方変に急いで帰ったせいでモンスターを呼び込んだかもしれない卑しい女がいるという事を。


「あ、ごめんなさい。レイさんを悪く言うつもりは無かったんです」

「いいわよ別に。あれが死んだのは私が就職をする前の事だもの」


 あまりにもあっけらかんと言い放ったレイに、運転中のカイも思わず振り返った。


「レイさんの天秤に乗ったチップってお爺さんの事じゃ………ない? だとしたらどうして島に帰ってきたんですか!?」


 そう、それこそがレイが持つ引け目の最たる要因。

 家族愛に満ちた娘が緊急事態に老齢な祖父の身を案じて帰省したのならそれは慈愛である。


「四十九日は丁度明日、孫が形見分けを貰いに行くのに理由なんて必要かしら」

「レイさん!? ちょ、ちょっと、あの人面蛇ってお爺さんだったんですよね。生き返ったんですか? そしてそれを倒すつもりなんですか!?」

「一度や二度拒絶されたくらいで諦めるわけないでしょう?」


 だがそれが祖父の遺品が欲しかったという物欲ならばどうだろう。

 如何に彼女を稽古という名目でコテンパンに伸した相手としても、捉え方が変わっては来ないだろうか。


「あのボケ老人の事だからお盆の期間を二ヶ月以上勘違いしていてもおかしくはないけれど、久しぶりに会った孫に対してあのふざけた格好……せめて茄子や送り火の世話になる前にお礼参りも兼ねて私がこの手で葬ってあげるのが慈悲と言うものじゃ無いかしら?」

「倒すっていうか、殺すつもりだ」


 彼女ほど負けん気の強い女ならばなるほど、そういった風に考えることもあろう。


 レイの声には人間らしい艶が戻り、顔も、心なしか年相応の柔らかさを帯びて見える。それなのにカイには彼女の零した少しの笑みに多分の邪気が含まれていると思えてならなかった。


 どれだけの恨みを募らせたら彼女を悪鬼や羅刹に変えてしまうのか。男はレイに対して下手に出るという選択を取った過去の自分に内心で涙を流して感謝をしながらアクセルを深く踏んだ。


「それにしても酷い音ですね。これでは住民も戻るに戻れませんよ」


 アスファルトで出来た煉瓦の上にすら音に慣れた猫が居て、家の軒先には鎖に繋がれた犬が転がっている。人間だけがすっかりと消えてしまった街で響く警鐘に顔を顰めつつ、しかし後ろから目付きの鋭い女に睨まれては彼らを助けようとも言い出せない自分を不甲斐なく思いつつカイは言った。


「心配せずとも、明日には日本中の街頭もろとも消え去るわ」

「あぁー、発電所……それまでにガソリン入れとかないと行けませんね」


 時間が経って状況が理解できた。いや、諦めてきたカイは冷静に返す。些事を驚くには今日だけでも色々なことに巻き込まれ過ぎていたのだ。


「あ、消防署が見えてきたので止まりますね」


 正確には自治体によって設置された消防分団の小さな倉庫だったが、レイも細かいことは言わずに車の中から周辺を油断なく眺める。モンスターに囲まれても面白くないと言うことは、かつて祖父だった何かが住む家に入り身に染みたことだった。


 カイも念の為に車の中で待機をしてみる。周囲に何者の影も見られないと理解するとようやく車を降りた。


 目の前の建物は何処の市町村にもあるようなこぢんまりとした小さな防災倉庫で、正面の消防団と記されたシャッター以外に入り口は見られない。


 目当てとしては非常食や自衛用の武器といったところか。本来ならば大勢で力を合わせるべき局面、しかし現状では人数が多くなることそのものが危険に繋がる可能性があるために自分の身は自分で守らなくてはならないのだ。


 しかし鍵は掛かったまま、どうやって入ったものか腕を組んで考えるカイの横を、


「こういった古い手合いは蹴破るのよ」


 と言いながら通り抜けたレイは、そのままシャッターへヤクザキックを見舞った。

 体重は乗りつつも一切体幹のぶれない蹴りは鍵穴に直撃し、破壊音と共にシャッターの足元を少し浮かび上がらせる。

 鍵穴があった場所は今や空洞となっており、大切な部品が向こう側へ弾き飛ばされた事は一目瞭然。


 そうして彼女は隙間の空いた下部へ足先を入れ、蹴り上げるような形でシャッターを開け放った。


 長期間使われていなかったのか随分と埃が舞い、それが光に反射してきらきらと光る。


「……お爺さんから、扉は蹴破れって教わったんですか?」

「真似して良いわよ」


 内部は5畳程度の空間で、壁に沿って三方向にスチール製の無骨な棚が置かれていた。

 カイは一足先に入ってしまったレイに続いて再度周囲の確認をしてから倉庫へ足を踏み入れる。

 すると未だ埃の踊り舞う内部に小さな明かりが灯った。


 見上げれば中央上部には豆電球とそれを動作させるための紐があり、そしてその紐をレイが引っ張ったらしい。


「持ちなさい」


 棚を漁っていたレイが後ろ向きに何か鉄の玉の様な物を渡す。カイはそれが何かもわからぬうちに受け取ってしばらく眺めていると、どうやら一抱えもある炊き出し用の釜であるらしい事が見て取れた。


「米はありました?」


 聞きながら見渡してみるものの、そういった類の物は見当たらない。せめて燃料くらいは欲しいと思ってしまうけれど、考えてみれば乾燥した木材ならそこら中にあると気づく。


「斧なら」

「食えねぇでしょ」


 ひとしきり棚を漁り振り返ったレイの手には救助用の赤い片手斧が握られていた。長さは40センチメートル程で斧の反対側にバールが取り付けられた物だ。


「しかしまぁ、良いかもしれませんね。これからは扉を蹴破らずに済みそうで」


 元より怪物共と対峙する気の無かったカイはそんな物よりも食料品は無いのかと辺りを見回していたけれど、横を通り過ぎて車へと戻るレイから「貴方にあげるわ」と言われて色々なことを察してしまった。


 大量の埃が舞っていた事から理解するべきであったが、この防災倉庫はあくまでも道具類が置かれているだけであり食糧は皆無。それらは避難所にでもあるのだろう。

 新入社員の足癖の悪さも、もう暫く見られるのだろうとも。


 結局、倉庫で得られた収穫と言える物は釜と斧、後はザイルという登山用の細いロープくらいの物だった。


 カイがため息と共に踵を返し、そして、入り口で止まっていたレイとぶつかったのは次の瞬間。

 反動も無く寧ろ背中で男を弾き飛ばしたレイは斧を持っていない方の腕を横に開き軽く腰を落としていた。


 夢想していたというには余りにも尋常ならざる雰囲気に、よろめいていたカイも目を見開いて気持ちを切り替える。


「何か、あったんですね」

「……後方、50メートル、単独で、警戒している」


 潜めた声は反響するサイレンにかき消されそうだったが、どうにか内容は理解できたのか数拍おいてレイは必要最低限の単語だけを断続的に羅列するため口を開いた。


 後方というのは車がある道路の反対側、鬱蒼とした森を指している。避難経路が明確なのは良い、しかし向こうさんが一足先に二人に気づき、しかも森に身を隠して機会を伺っているという情報はカイからすれば聞きたくも無かったことだ。

 なにせそれらは十分警戒をしていたのに気づけなかった事柄で、より早く気がついたレイよりも更に向こうさんが一枚上手だという裏返しでもある。


 摺り足で滑るように戻るレイに付いてカイもたどたどしい足取りで車へと戻る。ゆっくりと慎重にそして素早くだが決して刺激はしないように。


 そうして倉庫を出てようやく、カイにも周囲の異常が理解できた。

 ねっとりと絡みつく様な悪意害意の視線、或いはある種の獣臭と言い換えてもいい。


 倉庫を挟んでまだ見ぬ森の向こう側に「ソイツ」が居る。

 そんな事実に胃袋がキュウと締め付けられて吐きそうだった。


 カイとて三度の発見と二度の接敵に懲りて警戒はしていた。それでも反応が遅れたのはサイレンの音がうるさかったからだけでは無い。

 荷物は助手席へ放り、ブレーキを踏みながらエンジンを掛ける。


 数瞬の間を置いて、奴の音が響いた。


 サイレンの音に混じって聞こえたのは低い、金切り声。

 その爆音は二人の体を芯から震わせても尚止まらず、その音量は本能的な質量の差を知らしめる。


 どうだろうか、今まで生で聞いてきた中では象のそれが最も近いかもしれない。

 それも一般に周知される擬音では無く。


「……早くしなさい」

「最近の車は急発進すると止まんですよ!!」


 地鳴りと共に木々の薙ぎ倒される光景が着々と近づいてくる。バックミラー越しに向けられる殺意がカイの足を力ませたのだ。


 近年の何もかもを電子制御する風潮も考え物だが、しかし貧乏根性を出して片端からオプションを付けたのは己である。カイは苦虫を噛み潰した様な表情で震える足を脱力させて再度車を加速させる。

 端から見ればなんと間抜けな光景だろうか。


 しかしその僅かな時間でも、対象との距離を縮めるのには十分すぎたらしい。


 森から飛び出した奴さんは特撮映画の如く倉庫をたった一歩で踏み潰し、もう一歩、その爪の先で軽く地面を空回りする車の後輪を踏み潰す。


 直後モダンは破裂音と共に飛び出して弧を描きながらもソレとの距離を開けることに成功したが、とはいえ当然後輪を破壊されたのは痛く、速度の大幅低下と制御の難易度上昇という形で尾を引いていた。


 ――ところで、森から現れた化け物の姿は、我々のよく知る所のティラノサウルスに翼を付けた様な見た目だったという。

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