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報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜  作者: 矢野りと


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16/42

16.悪いお医者様①

 ロイドが出発してまだ二日目。視察の予定は一週間だけれども、なにかあれば臨機応変に対応するので滞在が伸びることもある。


 少しでも空いている時間があれば、温室に足を運びピアノを弾いている。

 音色で気を紛らわそうとしているけれど、やはり考えてしまう――何がいけなかったのかと。


 視察の件がなくとも、彼とはいずれああなっていた気がする。私達の関係がこの先どうなるかは分からない。まずは彼が私と向き合ってくれないと何も始まらない。

 だから、考えてしまうのは彼ではなく義母のこと。


 彼女が未熟な私を歯痒く思っているのは知っていた。でも、憎まれていると感じたことはなかった。


 なぜ、いつからと、そんな言葉ばかり頭に浮かんで鍵盤を叩く指が止まってしまう。


「はぁ……」

「どうしましたか? レティシア様」


 声に驚き振り向くとここにいないはずの人――マールが立っていた。後ろのほうにメルアの姿が見える。彼女に案内されてここに来たのだろう。


「確か診察日は今日ではなかったはずでは?」

「ホグワル侯爵の定期健診で来ました。そうしたら、ついでにレティシア様も診るようにと頼まれましてお受けしました」


 マールは申し訳無さそうな顔をして私を見ている。

 診察は二週間毎の約束になっていたけれど、義父はまだ結果を出せない私がもどかしいのだろう。


 私は窓際に置いてあるピアノから離れて、中央へと彼と一緒に歩いていく。テーブルの上にはすでにメルアが淹れたお茶が置かれていて、私達はそれぞれ椅子へと座る。


「ご予定があったのではないですか? 義父が無理を言って申し訳ございません」

「レティシア様が謝ることはありません。たまたま予定が空いていました。では、診察を始めますね」

「はい、よろしくお願いします」



 短い診察を終えると、いつものように他愛もない話を始めた。でも、今日の私はどこか上の空になってしまい、会話に集中出来なかった。



「……なにが悪かったんでしょうか、私は……。あっ、申し訳ございません! 今の失言は忘れてください、マール先生」


 無意識に呟いてしまい、私は慌ててしまう。

 意味深なことを言っておきながら、話を終わらせるなんて失礼な振る舞いだ。でも、話すことは出来ない。



「レティシア様は悪くはありませんよ」


 彼は何も聞かずに断言する。予想外の反応にどう言葉を返せばいいのか戸惑ってしまった。彼はそんな私に柔らかく笑い掛ける。


「今日、あなたの診察を頼まれた時、私はホグワル侯爵に法外な診察料を要求しました」

「……?」


 いきなり話が変わって私が更に戸惑っていると、彼は口元を緩めて嬉しそうに両手を胸の前で広げて見せる。


「なんと、いつもの十倍です」

「……っ……」


 我が家の使用人の一ヶ月分の給金に匹敵する額に、私は驚いて言葉が出なかった。


「次の予定をキャンセルすると言って、迷惑料という名目で毟り取りました。あっ、誤解しないでください。本当に予約は入っていなかったので、レティシア様が気に病むことはありませんから」

「はい……」


 ……気に病んではいません。ただ、この先どんな展開が続くのか気になっているだけです。


 秘するべき裏事情をとても楽しそうに明かすマール。なんだか、こちらまでつられて頬が緩んでくるから不思議だ。 話している内容と場の雰囲気が全然合っていない。


 次に彼は人差し指を唇の前で立ててみせる。


「これは内緒なのですが、実はこの手口は初めてではありません。隙あらばこうして取れるところから取っています。平民を診る良心的な医者ではなく、私は悪い医者なんですよ。計算して損をしないようにしている。幻滅しましたか? レティシア様」

「いいえ、そんなことありません! マール先生はご立派です」


 診察料は医者が定めて良いことになっている。だから、彼がいくら請求しようと法に触れない。だが、この裏話を知ったら、貴族達は悪徳医者だと彼を罵るだろう。


 私は信念を持ってやっている彼を尊敬する。手を差し伸べない理由を見つけるのは簡単だけど、実際に行動するのは大変なことだ。

診療には器具、薬、時間、人手がいる。先立つものが必要で、善行は善意だけでは成り立たない。



「そう言ってもらえて安心しました。あなたに嫌われたら堪えますから。見方、立場、考え方で、良くも悪くもなる。大体そういうものです。何を悩んでいるかは存じませんが、気に病むことはありません。私が知っているあなたは悪い人ではありません」

「お気遣いありがとうございます。ですが、先生は私のことをあまりご存じないですから……」


 彼はお世辞を言っているわけじゃないと思う。

 でも、私のことを知ったら告げる言葉は変わるかもしれない。彼との付き合いはまだ半年足らずで、私は次期侯爵夫人としての顔しか見せていないから。

 そう思うと、素直に聞けない私がいた。

 


「”(キミ)じゃない人”と呼んでいました」


 彼はまっすぐに私を見ながら、唐突にそう告げて来た。


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