14.身勝手な夫①
ロイドは私の手を引いて、無言のまま急かすように廊下を歩いていく。
二階にある私達の部屋に入ると、彼は中央に置かれた長椅子に腰掛けて項垂れている。私は彼の隣ではなく、一人掛けの椅子に座った。隣に腰を掛ける気には到底なれない。
彼が話してくれるのを待っていたけれど、彼はこちらを見ようとすらしない。先に沈黙を破ったのは私だった。
「どういうことか説明してください、ロイド」
ゆるゆると彼は顔を上げる。眉を下げ何かに必死で耐えている――そんな顔をしていた。私のほうが悪者みたいに思えてくる。……耐えているのは私なのに。
――狡い人。
こんなふうに彼に対して負の感情を抱いたのは初めてだった。
「こんなことになってすまない、レティ」
それだけ言うと、彼はまた頭を下げ続ける。私と目を合わせるのを避けているかのよう。後ろめたい気持ちがあるからだ。
……聞きたいのは口先だけの謝罪じゃないのよ、ロイド。
私がなにも言わずにいると、彼は訝しげに顔を上げる。どうして優しい言葉を掛けないんだ、というかのような目をしていた。彼にとって私は”どんな時でも優しい妻”らしい。
実際ずっとそうだった。淑女として夫に寄り添う、それが私の知っている幸せだったから。
……でもね、私にだって感情はあるのよ。
そんな簡単なことも、彼は知らなかったのだろうか。私の中にある彼への想いが揺らぐ。
「アリーチェが知っていたということは、夕食の前にそういう話があったと言うことですよね?」
口調こそ穏やかだったけれど、私は彼が求めるものとは違う言葉を発した。彼は驚いた顔をして、それから深く息を吐くとおもむろに両手を前で組む。
「今日の午後、母上から提案された。視察には君の代わりに補佐役を連れて行くようにと。分かっていると思うが、君を気遣ってのことだ。だが、私は頷かなかった! 信じてくれ、レティ。 まさか、父上が了承するとは思わなくて。当主の判断に従うという態度をその時、母上に取ってしまったんだ……」
ロイドは自分が知っている事実を告げると、本当にすまないとただ繰り返す。
私は彼の話を聞いて気づいてしまった。
義母はあの時、決定を下した義父に『視察についてはいつものように私が決めてもいいでしょうか』と聞いた。そのなかには当然随行する者の決定権も含まれている。
そして当主の承諾を得ると、ロイドに『父上の決定を聞きましたよね?』と、暗に――私に分からないように――補佐役同伴という自分の提案が認められたと釘を刺した。
……気のせいなんかじゃなかったのね。
――『こういう女』とは、私のこと。
いくらアリーチェが優秀だからといって、私の代わりに同伴すれば、私がどう感じるかなんて義母だったら容易に分かるはずだ。
義父は妻が本邸を空けられない時は、愛人を伴って領地へ行くこともあった。
最初、私は試されたと思った。でもその後は……。本当に試されていたのだろうか。義母の言動には辻褄が合わないことが多すぎる。
唇を弧に描いたあの笑みを思い出した私は、ぞくっと寒気を覚えた。




