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報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜  作者: 矢野りと


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12.取るに足らぬ者②(レイリー視点)

「先ほどの発言を聞かなかったことには出来ない。失礼だと思うが調べせてもらう」

「書類上、私は血縁者ですよ」


 トウヤは穏やかな口調で、開き直ったようなことを言う。偽造は完璧だから見逃せと言っているのか。


「かりにも妹が診てもらっている医者だ。不正の可能性があるのに、黙って見過ごすわけにはいかない」

「レイリーは妹思いの兄ですね。……昔も今も」

「昔?」



 学園在学中に私と妹が一緒の姿を見たことがあるのだろうか。


 私が妹と一緒にいたのは昼休みぐらいだ。

 あの頃のロイドは妹の前で想い人の姿を目で追っていた。辛そうな妹の気を紛らわそうと、私はよくその場に顔を出していたのだ。


 ホグワル侯爵家とバーク候爵家は対等の関係で注意できる立場ではなかった。それに、ロイドの行為は不誠実とはほど遠いものでもあった。あれくらいで目くじらを立てたら、こちらの立場が悪くなる。



 ――兄としてできる限りのことをした。



 今だって、嫁いだ妹を気に掛けてホグワル侯爵家に顔を出している。妹のために。





「ピロット公爵、ハイゼン伯爵、ダイナ公爵夫人など多くの方が、前マール伯爵の願いを叶えるために動きました。それでも調べますか? レイリー」

「そんなに……」

「養父は人脈が豊富だったようです。私にあなたを止める力はありません。ですが、お勧めはしませんとだけ言っておきます」


 トウヤの口から出た錚々たる顔ぶれに、私はごくりと唾をのんだ。


 ……違う、人脈が豊富なのはトウヤなのだ。

 もしこの件を調べようものなら、私は跡形もなく潰されるだろう。



 彼は腕の良い医者で誠実な人柄だと耳にしていたが、噂は信じないほうがいいようだ。……彼自身もそう言っていたが、こういう意味だとは思っていなかった。



「…………」

「分かって頂けて良かったです、レイリー。それにしても、あなたはちっとも変わっていませんね。今も昔も”見ているだけ”。ああ、誤解しないでください。悪い意味で言ったわけではないですから。己の器を理解している者の賢い選択だと思いますよ」


 彼は丁寧な話し方と柔らかい表情を保っている――温和そのもの。



 彼は目立たない生徒だった。その綺麗な顔は長めの前髪で隠れていて、印象はと聞かれたら答えは”なにもない”だ。

 今だって地味な装いで無害そうに見える。


 ……なのに、恐ろしい。彼の後ろ盾を知ったからというより、そんな後ろ盾を得たということは彼が只者ではない証。


 取るに足らない者がたった数年で、どうやって成り上がったんだ……。


 知りたいが、私は調べないだろう。まだバーク候爵家の次期当主にすぎない私には手に余る。



 ガタンと音を立てて馬車が止まると、『ピロット公爵邸に到着しました』という御者の声が聞こえてくる。

 助かったと思った。このまま二人きりだったら、私は無様にも震えだしていたかもしれない。


「レイリー、送っていただき有り難うございました」


 彼は自分で扉を開けると、颯爽と馬車から降りていく。まるであの会話などなかったかのように。

 忘れろということなのだろう。言われなくともそのつもりだ。


 ……だが、一言だけ言っておきたい。


 レティシアを診ているのはホグワル侯爵家のかかりつけ医になったから。そこに深い意味はないが、妹と接点があるのは事実。



「妹を傷つけることはしないで欲しい」

「あなたがそれを言いますか……」


 トウヤはくっくくと笑いながら振り返る。


「それは無用な心配です。私が這い上がったのは大切な人を守れる力が欲しかったからです。力がなければ何も出来ないと、身を以て知っていますので。この力を正しいことに使うなんて嘘は言いませんが、これだけは約束します。レティシアが望まないことは決してしません。あと、これはどうでもいいことですが、力があってもなにもしない人もいますね」


 彼はそれだけ言うと背を向け去っていく。



 その後ろ姿を見て私はある光景を思い出す。



 あれは確か昼休み、妹達がいる場所に向かいながら私は呟いていた。


『レティシアのやつ、兄の優しさをまったく分かってない。気を使って顔を出しているのに。ありがとうお兄様って言えよ。こんなに妹思いの兄はいないぞ』

『見ているだけですね……』

『なにっ?』


 話し掛けられたと思って一瞬反応したが、その人物は私の横を通り過ぎていった。気のせいだったと、すぐにそんな出来事は忘れていた。今、この瞬間まで。


 トウヤの後ろ姿が、あの時に私を追い越した黒髪の者と重なる。同一人物だろうかと、自分の朧気な記憶に問いかける。


――分からない。


 自分が即座に出した答えに自嘲する。本当に分からないというのか? 偶然、幸運、台詞すべてを繋げたら答えは導き出されるはずだ。彼の大切な人とはきっと。


 馬車が動き出しすとその揺れに合わせてまた私は頭を振る――分からないと。


 ……これでいい。



 誰かのため、妹のためと、言えるのは自分が確実に安全なところいる時だけ。誰しも我が身が一番可愛いのだ。”見ているだけ”の妹思いな兄で居続けることを私は迷わず選択する。

 


 今の私は取るに足らない者……なのかもしれない。

 



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