11.取るに足らぬ者①(レイリー視点)
名を思い出せないはずだ、そもそも私は彼の名前を知らなかったのだから。
彼と私は同学年で数回ほど言葉を交わした覚えがある。その時、彼の名を聞くことなく、ただ”君”と呼んでいた。
――それは取るに足らない者の呼称。
貴族ならば誰しも学園に通う権利があるが、下位の者の中には貴族と名乗るのも烏滸がましい者もおり、そういう輩は”媚びるため”に学園に通う。
顔と名を売り込もうと、意味もなく高位貴族の周りをうろつく。
だから、爵位に応じてクラスが分けられていた。
それでも、成績に応じて学びの場が設けられることもあり、そういう時は下位の者と接触する。馴れ馴れしくされては面倒だから一律に”君”と呼ぶことで、高位の者達は壁を作っていたのだ。
マールは優秀だったようで、私やロイドと一緒に机を並べる機会が度々あった。
私の顔から血の気が引いていく。
「思い出してくれたようですね、レイリー」
「あの時は失礼な態度を取って申し訳な――」
「学園ではあれが規律のようなものでした。ですから謝る必要はありません。それにしても、よく気づきましたね。ロイド様はまったく覚えていませんでしたよ。取るに足らない私のことを」
マールは笑みを崩すことはなかった。彼が温和な性格で良かったと安堵していると、ふと当たり前の疑問が頭に浮かぶ。
取るに足らない者とは男爵位の者が殆どだった。間違っても伯爵位がそこに紛れ込むはずはない。
なぜ、マールは”君”の一人だったんだ?
「私は在学中トウヤ・エイダンと名乗っていて、男爵家の三男でした。よろしければ私のことはトウヤと呼んでください」
彼は察しがいいようで、先回りして私に答えてくれた。
本当に感じの良い男だ。過去を根に持つことなく、ピロット公爵と繋がりを持った今も偉ぶることはない。
私は良き友――将来有望な者との繋がり――を得たと嬉しくなり、自然と声が弾む。
「トウヤはマール伯爵家に婿入りしたのですか? それとも養子に? どちらだとしても、あなたという優秀な人を迎えて喜んでいるでしょうね」
「結婚はしていません。なので養子です」
「それは幸運でしたね。跡継ぎのいない親戚がいて」
後継がいないと家は絶えてしまうから、貴族は優秀な血縁を養子にする。それは珍しいことではなかった。
「偶然、死病に罹ったマール伯爵の主治医になったのです。彼には血が繋がった後継がおらず、養子になって欲しいと言われまして。断ったのですが、死期が近い者の懇願を無下にできず……。こうして受け入れた次第です」
前マール伯爵が亡くなり、今は彼がマール伯爵を名乗っている。これ自体におかしいところはない。
だが、その前の話に違和感を覚えた。
貴族の養子になるだけなら制約はなく孤児でも構わない。しかし、養子が後継になる場合は、その者が血縁であることが必須だった。
なぜなら、お家乗っ取りが横行してしまうからだ。血縁であっても実質乗っ取りに近い場合もあるが、そこまでは口出しできない。
婿入りで後継となる場合は当然血の繋がりはないが、それは例外だった。
彼は血縁でないと告げ――いいや、私の気さくな態度につられて口を滑らせた。
いったい何をしたんだ……。
不正という文字が頭に浮かび、彼を見る私の視線が厳しいものに変化する。
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