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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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 *     *     *



 みすぼらしいムーヴのドアを、思い切り閉める。

 薄い鉄板の音が、せせこましい住宅街に響いた。


 街路樹の一本、一本からやかましいくらいの蝉の鳴き声。

 汗を拭きながら後ろを振り返る。

 アパートの駐車場に停めた真っ赤なランボルギーニ・ムルシエラゴに、通行人が皆、物珍しそうな視線を投げていた。


 持っている服の中で一番の、赤いジャケットを着てきたせいで、この車の持ち主か、とそれらの視線が語り掛けてくる。車を見てから俺を見て、また車を見る、みんながみんな、勝手に納得したような顔をして通り過ぎていくのが滑稽だった。

 無論、気付かぬふりだ。



「ねえ。どんな気分?」


 服装を整えながら、相変わらず詐欺師のような身なりのタヒチが語り掛ける。


「ん? そうやな、めちゃくちゃな気分やなぁ」


 俺は適当にあしらい、ランボルギーニのホイールを革靴の爪先で蹴ってやった。


「ちょちょちょっとぉ!? 私の車、何するの!? ひっど、なにちょっと!?」

「うるせえ、バーカ」


 言ってやってから、思い切り笑った。

 通行人が振り返るくらい、思い切り笑った。


 こんなに笑ったのは、どれくらいぶりだろうか。


 こんなにもたくさん笑えるものなんだと、自分で自分に驚いた。

 笑い過ぎて噎せ返って、道に淡を吐いた。何年間も詰まっていた痰がやっととれたような気持ち良さだった。



「汚いし! もう、相変わらずなんだから、色々とさぁ!」

「お前のが汚いわ、インチキ小娘」

「……君さ、組織がとかボスがとかなんだかんだ言ってたクセに、もうあの人と縁を切っちゃうの。それでほんとにいいわけ?」



 こいつにしては、やけにしおらしい質問に感じた。

 未練がましい、といってはなんだが、そういうことはかつての自分の気にしていたこと、今の俺は違うんだ。



「……ええよ。第一、あのオッサンももう足を洗った方がええねん。十分やろう。そもそもアウトローにも向き不向きってのがあって、あれも才能の稼業や。誰にでも務まるものやない。人並み以上の体力と勘の良さと、あと頭の良さが無いと生き残っていけん世界や。俺も、ボスも、舎弟も、残念ながら体力以外は無かったんや」

「……そうなんだ。それがわかっただけでも、ラッキーだと思うけどね」

「そうや。その通り。カタギはこんなん思いもしやんやろうけどな。男は体力と頭脳が無いとほんと、話にならん。俺はアウトローの頭脳はあらへんけど、御覧の通り体力だけは自信がある。他のシノギ見つけていく方が、ええに決まっとる。ボスも同じや。一つわがまま許されるなら、こんなことは二十代の時に気付きたかったな、ははは」

「……そうか。そうだよね……そうかも」



 タヒチは、どこかが痒そうな顔をしていたが、しぶしぶ、といった感じに頷いていた。



 そして、ムーヴの車体をヒールの爪先で蹴った。

 ドアが凹んだ! 



「あ! おいお前! 何すんねんごらぁ!」

「私の車の色、真似しないでよね」

「俺の服のことか? お前と会う前から俺は赤い蝙蝠でやっとんじゃボケ」

「この色はランボルギーニのブランド色のロッソマルスっていうんだから、普通の赤とは違うんだからね。安い目で見ないで」

「うるせえ! じゃあてめえの方が塗り替えろ」


 二人して笑った。

 思い切り、爆笑した。 


 そこへ、カナコちゃんがランドセルを背負って帰宅した。

 明日から夏休みだそうだ。子供はいいなぁ。


「また昼間っから遊んでる、おじさん。むしょく」

「遊んでねえ、大人の話だ」


 今度は三人で笑った。

 意味なんてない、ただ、今、この場が笑えて仕方ない。


 思い出した。

 子供の頃は笑うのに理由なんていらなかった。

 笑えりゃそれでよかった。


 大人になった今も、それが通用しない訳なんて、ないんだ。

 人間なんだから。


「……それで、おじさんこれからどうするの?」


 カナコちゃんの問いに、俺は少し考えこまさった。


「そうだな。昔とった杵柄だ。今から中古車屋行く」


 ムーヴのドアを開ける。

 そこへ、妹が現れた。


「お兄ちゃん、中古車屋って、何するの?」


 聞こえていたらしい。いつから話を聞いていたのかな、と思った。

 シートベルトを締めながら、窓を開けて自信満々に応えてやる。


「ちょっくら軽トラ買ってくるわ。軽トラ」


 三人とも、顔を見合わせた。


「軽トラって……車二台もいらないでしょ! じゃあこの車はどうするの?」

「こいつはもう潰す。そんで便利屋始めるんだよ、便利屋。俺にはそれしかできねえからさ。体力がありゃ誰でもできるシノ……シゴト。待ってろ、帰りにマクドナルド買ってきてやるからな。何がいい?」

「あ、あたしハッピーセットね!」

「おっけー、了解! このタヒチおばさんのおごりだからな。俺はビックマックだな」

「ちょっと、ふざけんな! 奢りなんて言ってない! それは仕事の範囲外! あとおばさんじゃない!」

「祝えよ、カウンセラーなんだろ、クランケの晴れ姿祝えよ!」

「自分らで勝手にやりなよそんなことは!……もう」



 エンジンをかける。

 不思議と、いつもより調子がよさそうだ。

 もう手放すというのに、こいつも、新しい門出に期待しているのかな。なんて。






 誰かの為に働く。

 大切な人の為に活動する。



 誰かを心配する。





 それって、男の幸せだと思う。

 

 

 

 

 

 

 車の注文書をカバンに仕舞い、ドライブスルーの車列に並ぶ。ハンドルを叩きながら息を整える。煙草に火を点けようとした時、はっと思い出した。


「そうや。虎目のやつ、今から呼んでやろっと」


 俺はスマホの画面に並んだ虎目の番号を眺め、懐かしいような、嬉しいような、変にむず痒い気分で電話をかけた。

 奴が出るまでに、妙にワクワクとして心が弾んだ。


「おう、虎目。仕事すっぞ仕事。……あ? 眠たいこと言うな。まずはビックマックセットと二リットルのコーラを平らげてもらう。だぁから、細かい事はそのあと。すぐ来いよ、もうあと二台で俺が注文する番だからな。早く来ないと冷めてポテト硬くなんぞ。じゃあな」

  


(了)


 



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