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「アチャー、ちと遅かったか。大丈夫かなああの人。てか妹さんになんて言おうか」
「ちょっとぉ、本当に大丈夫なの? さすがに刺されたりしてからじゃ遅いわよ? 今回エキストラのキャスティングと人数配分間違ったんじゃないの?」
「仕方ないじゃんかぁ、人が足りなかったんだから。それにあのお偉いさん助けるのに時間かかり過ぎたんだもん。それなりの理由があるんだから目をつぶってもらおうよ。本職の人なら多少は痛みに対する耐性もあるでしょ」
「そもそも、アウトローを扱うの今回が初めてなんでしょ? やっぱちょっと無理があったんじゃないの」
「う~ん、今どきはそんなすぐに深手を負わせないはずなんだけどねえ。ここの人らはそういう訳でもないのかな。メモしておこ」
「ダメでしょ何言ってんのよ。はやく、今すぐ助けるわよ。あの人死んじゃうわよ!」
「冗談冗談。さあ、出番だよ。車出して」
* * *
ムーヴのテールランプのように、意識が消えかかる。
それが一気に覚めた。
大量の水が降りかかった事に気付くのに、そう時間はかからなかった。
渾身の力で上体を起こすと、強烈なライトを照らした大型車の影が近づいてくる。
再び大容量のタンクから放たれる放水が傷ついた肉体を蹂躙する。
敵・味方の区別も、全・悪の区別もそこにはなく、ただただ、肉体を持つ生物たちが泥水と共に転げまわる、腐乱し融解した死肉に群がる蛆の様相を呈して暴れ回る、間抜けな光景だった。
「……警察か」
覚悟を決めた時だった。
「あぶねっ!!」
真横を轟音が通り過ぎる。
「ごめんね瑪瑙さ~ん。ちょっとマダムのトイレが長くて」「人のせいにすんなや」
「…………え。タピオカてめえ今俺を轢くつもりだったろ」「カフェモカぁあああああああ!」
赤色がくすんでピンク色になったボロボロの空港用消防車が再び真っ黒な排気ガスを吹き上げて動き始めた。
「え? ちょ、ま、待ておい、何をしに来たんだてめえら!! 俺を助けろよ!! おい!! 待てよ!!」
やたらと騒がしい背後を振り返る。
混乱してすぐに反応できなかった。
西野殺人塾の構成員同士が乱闘状態なのだ。
「……なんだ……これ……どうなってるんだよ……」
よろめきながらも、辛うじて立ち上がる。
全身が激しく痛み、二、三歩よろける。激しい頭痛に、また膝から崩れる。
ハイエースから降りてきた黒服は、仲間を手当たり次第に打ちのめしにかかっていた。
なんとか立とうとしたが、地べたに這いつくばっていた構成員に足首を掴まれ、まともに泥水にくずれ落ちる。
俺は辛うじて動かせる左足でそいつの顔面を思い切り蹴飛ばした。
その阿鼻叫喚の地獄絵図のど真ん中へまた放水がされ、俺はついに意識を喪失した。
* * *
「何回言わせるんですか。打撲と擦り傷だけですわ。威勢もよろしいし心配することなんか何もありゃせんですわ」
「はあ? んなわけあるかぁヤブ医者ぁ! ちゃあんと看ろ! 脚の骨折れとるやろココ!」
「何がヤブ医者やアホんだら! いまし医者も大変なご時世や。ちゃんとしてない医者なんて人様を助けられへんのやから、生き残っとるのはマトモな医者しかおりませんわい。気に入らんのやったら別の整形でセカンドオピニオンもらってどうぞ」
「アホか! ニュースで事件とか起こしてる医者は何なんじゃ、おお? あれがマトモっちゅーんなら俺なんか教祖になれるわ、ボゲェ!」
「やっかましいチンピラやのう。うちは精神科はもってないねや。よその病院行ってくれんか。そういうのは専門外の問題外」
「じゃがあしいわ! こんなところこっちからサヨナラじゃ。二度と来るか、アホドクター! 毒の塊が!」
病院のベッドで目を覚まし、妙に肝の据わった堅気とは思えぬ医者と一悶着あり、めちゃくちゃな診察に辟易した。看護師も目に見えて俺を怖がって離れてしまった。
「あんたなぁ、若い娘さん、三時間以上あんたの目が覚めるのを待っとったぞ。恋人やろ?あの子」
医者は丸い椅子を俺の前に置いてどかっと股を開いて腰かけた。
「なんのこっち……あー。変なテカテカしたベストとスラックスの女か」
「そう。心配そうにずっとベンチで待ってた。女に心配かけたらアカンやないか。どういう業界の人間かなんて、私らはすぐ分かる。人の生き様や価値観、普段どういう事を考えてどういう風に自分自身を意識して、どんな姿勢で日々生きているかなんて、この仕事をしていたらすぐにわかるようになるんですわ。ごまかせない。そういう、醸し出す空気っていうのは。あんたは身体は丈夫やけど心が穴だらけ。周りがあれこれ言ってくれるウチが花。シュークリームでも買って帰ってやりなさい。悪いこと、言わないから」
「………………」
「女性に気にかけてもらえるなんて、男の誉れですがな。もっともっと、前向きに生きたらええのに。この機会に、命拾いした感謝を背負って生き直してみたらどないです」
その医者の言葉は、不思議と俺の心を鎮めた。
言葉が、何よりの鎮痛剤だった。
何もわかってないであろう相手に、分かったように言われるのが何よりも気に入らないが、この医者の言葉は妙に、すっと浸み込んできた。
言い返す言葉もなく、国保で支払いを済ませ、さっさとタクシーに乗り込んだ。
どこかで見た事ある運転手だったが、始終お互いに無言の道中だった。




