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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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 煙草に火を点けようとしたちょうどその時、ずいぶん向こうの方からヘッドライトの群れが夜闇を裂く灯台のように遠く、サッと光の尾を引いた。


 五台くらい連なっているんだろうか。


 思ったよりものんびりと動くその車列は、俺がどこにいるか探っているらしかったからハイビームを二回点灯させて居場所を知らせてやった。



「ここや。俺はここや。来い」



 友達同士の待ち合わせじゃあるまいし、と不謹慎ながらも鼻が鳴る。

 

 先頭はロールスロイス・ファントム。二台目はトヨタ・センチュリー。次いでアルファード、妙に古いハイエース、そしてまたファントム。


 長物ばかり揃えやがって、厭味ったらしいにも程がある。こっちは車検も、ファンベルトもライトも切れかかった廃車寸前の軽四だというのに。


 赤いジャケットを羽織り、肉切り包丁をいつでも取り出せるよう腰の絶妙な位置に差し込んで車をおりる。血が出ても、元から赤いから惨めな姿にならずに済むだろ?



「赤い蝙蝠こうもり。赤い蝙蝠……って、アンタかえ?」



 センチュリーから降りてきた角刈りのひどい猫背の四十過ぎた頃と思われる男が、嘘だろ、というような顔で詰め寄ってくる。

 こいつは確か、金庫番の森永という男で、自分以外の人間には痛覚が通っていないと思っているような行動で有名だ。


「なんじゃえ、こんなボッコで遣わされとんけ?」


 森永は俺のみすぼらしい旧式のダイハツ・ムーヴを鼻で笑った。


「アホ抜かせ。セカンドカーや。流行りの低燃費じゃ。それでなんや、うちの舎弟をどないする気や、こんな長物ばっかぞろぞろ連ねてからに、コケ脅しのつもりやったらタダじゃおかんぞワレ!」

「はあ? なにを眠たいこと抜かしとんじゃタコこら。おい、はよ出してこい! 見やなわからんらしいさかい、見せてやれ」


 ハイエースのスライドドアが乱暴に開き、三人の男が車内からブルーシートの包みを地面に投げ落とした。

 その包みからは苦しそうなうめき声がしていて、芋虫のように微かに動いている。


「あぁっ……」


 俺は思わず駆け寄り、地面に膝をついてシートを解いた。

 傷だらけになり、鼻や口から血を垂れ流した舎弟の無残な姿が露わになる。

 顎の付け根が震えた。


「おい虎目、虎目おまえどうしたんや、何をされたんや。どこを怪我しとる……?」

「瑪瑙……ゴメンなァ、ワイがここまでアホやなかったら瑪瑙はもっとええ暮らしが出来てたと思うのに、いまだにこんなことで……」

「アホ抜かせ! こんな時に何を水臭いこと言ってるんや。気をしっかり持て、お前なんかまだ若いからなんとでもできるやろうが、俺のことなんかええわ」


 森永が鼻で笑う。


「あんじょう、可愛がってやっただけや。ちょっとさ、アンタら、臭い芝居せんとはよ本題に入りましょに。蚊も来るし」


 他の車からもいかつい男連中がおりてきて、丸く囲まれる形になっていた。

 そして五台の車はそれぞれ、ヘッドライトをこちらに向けて囲うように駐車された。



 吊し上げだ。血祭だ。



「あのさ、北野たけし監督の『アウトレイジ』って観た事ある?」


 森永が生意気な餓鬼のような面で詰め寄る。三白眼がこいつの狂暴性をありありと映し出している。


「あるに決まっとるわ。こっちだって本職じゃ」

「あれで花菱会に突っ込んでいった若い衆は、可哀想になってたなあ。鉄砲玉。飛んだら戻らない。神風特攻隊の英霊さん達みたいに立派で勇敢ならまだしも、鉄砲玉なんてあんた、ただの使い捨ての駒やんけ」

「何がいいたいんじゃおのれは」

「この人のタマを取ろうとしくさってたんちゃうんけぇ?」


 ロールスロイスの眩いHIDが後光となって顔が見えなかった人物が、近づいてくる。


 徐々に顔貌が明らかになる――西野殺人塾若頭、型抜かたぬき堅史郎けんしろう



「おまえ……」



 相手は全く瞬きをしない。爬虫類のような重く冷たい目で俺をじっと見て、一言。



「ご苦労様」と。




 背中に衝撃が走る。まるで自分の身体の中から何かが隆起したような感触だった。

 前のめりに転げ、視界が無くなる。


「瑪瑙っ!!」



 辛うじて目を開ける。

 木刀を振り上げる影。

 脚を集中的にやられた。


 脛の骨を殴られ、痛みを超えた痛みが体の芯を貫き、頭蓋骨に跳ね返って嘔吐した。


 平衡感覚が麻痺する。

 立てない。力がどうしても入らない。


 胸や肋骨にも痛みが走る。

 胃腸がひっくり返り、内臓が燃えていく。


 息をしようとしても、全く、瞬きすら追いつかない。


 いや、目を開けていないのか。


 鳥肌が立つ。

 酸素が回らない。


 息は出来ているのか。

 手はついているのか、ちぎれたのか。

 何もわからない。



 冷たい。


 寒い。


 どうして、生きるだけでこんな事に。


 俺は、一匹の人間。


 成功しているあいつや、よく名前を聞くあの人、同級生だったあの子。


 アレも、一匹の人間やん?


 なら、どうしてこんなにも差がある?


 アレらと俺の差は、どこの部分のどんな層で、どのように色が違うんや。


 俺はなんで、普通に幸せやなあって思う事が許されへんのやろか。


 俺は根本的なとこから、それはそれは恐ろしい過ちを犯してたんやろな。


 生まれてきた事が、それがもうすでに罪やったんや。


 大間違いやった。


 俺の人生そのものが、大間違いやった。


 俺は生まれていきたらあかんかったんや。


 本当の名前も捨てて。


 必死にボスの求める人間になってきたけれど。


 所詮、生きたらあかん人間が生きようとしたってそうは問屋が卸さへんかった。


「ワレこのザコのくせして何様じゃ虫けら!」

「おのれんとこなんぞ吹けば飛ぶペンペン草やんけアホんだら!」

「何が赤い蝙蝠じゃ、笑いが止まらんわ!」

「他人のおこぼれ狙う野良犬が!」


 かたやの人間が立派な家に立派な車を停めて綺麗な嫁さんと子供とテレビ見て飯食うてる中で、かたや俺はこんな墓場よりも汚くて寂しい場所で舎弟の一人も守れずに骨身の髄まで冷え込むような言葉で罵倒され、殴り殺されていく。


「二度と立ち上がるな生ごみが!」

「何が赤い蝙蝠じゃ、犬のクソみたいに転がりやがって」


 人生なんて、この世なんて、最初から存在せえへんかったんや。


 そういうこった。





 ――そういう、事やったんやで――





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