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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「緊張してなさそうだね。思ったより」

「お前のお陰で腹ぁ据わってきた。いや、むしろもうアガるための糸が切れたんちゃうか」

「すっごーい。這い上がる前からもう吹っ切れるなんてさすが地獄を知る人は違うね~」

「ああ。そうかもな」

「……あれ。なんか、なんか調子狂うな~。いつもみたいに突っ込んでこないね。もしかして、やっぱり緊張してるんじゃないの?」

「さあ、どうだかな。俺もわからん」



 マダムの店についた。エンジンを切ってキーを抜く。

 ここに、俺の初めてのカウンセリングを受ける人間が来てるそうや。

 クランケとかいう言い方は好きやない。客は客や。面だけ拝んでおこう。



「マダム~! おっつ~。連れてきたよ~!」

「あら~、ほんと。やっぱりちゃんとおめかししてるわね。その方が似合うわよ~」

「うっせえカシパン」「カフェモカって十回言えや」

「まあまあ。せっかく今日は瑪瑙さんの初仕事なんだから、マダムも礼儀正しくしなきゃ」

「やだちょっと。わかってるんだから。アタシを舐めないでね、締めるところしっかり締めるタイプなんだから、これでも。サービスを受ける方も淑女じゃなきゃ、女が廃るってもんよ」



 ……はい?



「ちょい待てマダム。サービスを受けるって、いったいどういう意味」


 二人の醸し出す、空気が変わる。

 ものすごく、嫌な感じ。


「瑪瑙さん。あなたはこの前、このマダム・カフェモカさんからあるお願い事をされているはずだよ」


 タヒチが急に真面目な口ぶりになり、俺と向き合う位置に立つ。

 奴のスイッチが入ったのが、わかった。

 奴の足元から思わず背筋が伸びるような、目に見えるような気迫のようなものが立ち昇る。


「お、お願い事? お、俺に……?」

「そう。どうだろう、思い出せないかな? 少しでもマダムに心を開いているなら、何か残響(ひびい)ているはずだよ。そのガサガサになった心にも。純粋な、願いが」


 脳裏に、ズシンとある言葉が降ってきた。


「業界から……足を洗えってやつか……」




 黙ってうなずく。


「え。ちょっと待ってくれ。カウンセリングと聞いて来てみりゃなんだ、是が非でも俺に組織を抜けろというのか、それが俺への依頼か? 金を払ってまで俺に堅気に戻れと? ああ?」

「そうよ。そのとうり」


 マダムの、湿った声。


「どれだけ時間かかってもいいよ。今から計っておくね。あ、時間に応じてマダムの払う報酬がどんどん増えていくから、そこんとこちゃんと忖度してあげてね~。はいスタート!」



 ここへきて、理屈はわからねえども、失望のようなものを感じた。



 なぜか、無性に哀しかった。

 無念だった。


 マダムを人質に、俺を無理やり自分らの仲間にする事を強要してるじゃないか!



 そこまで、俺を厄介者と思っている……それが、そのあからさまな事実が……もう答えの出尽くした現実をさらに咀嚼させようとするお節介が、どうしても気にくわなかった。




 不愉快だ。 




 俺の人生、生き様そのものを完全に手玉に取られて、自分のオモチャのようにされている、向こうの思うつぼにこねくり回されて、自分というものだけ剥ぎ取られてただの都合のいい人形にされようとしている。



「おいおい……ちょっと待てよ、正気かいおのれら。これは一種の脅迫だぞ、精神的な! 強請りか! 金を渡すからって人に行為を強要するなんて、お前らのやろうとする事の方がよっぽど非道じゃねえか! 違うか? そうやろこの外道! 銃を渡して引き金を引かすのだってコロシやぞ! 自分らが何をやっとんのかわかっとるっちゅうのかい!!」

「違うのよ! 違うの瑪瑙ちゃん誤解しないで!」

「何が違うんだコラ、ああ? 急に真面目なツラでよ、人情味出そうってか? 同情買いか? 人の事をおちょくるような真似はこの程度にしておけ! エセ同情引きが、もう我慢ならん! 徹底的に分からしめたる!」

「瑪瑙さん!」


 タヒチが俺の目の前に立つ。


「なんじゃいおまえ! どのツラ下げて俺の前に立つんじゃこの裏切り小娘!」

「瑪瑙さん、あなた私と出会って今まで三か月間、いったい何を学んできた? 私とマダムの事を見て、聞いて、感じて、いったい何を思ったの? 下地作りはもういい頃合いだと思ったのに、まさか私の見解が外れるなんて心外! 生焼けだよ生焼け、これじゃうまいこと形にならない! ありえない!」

「バァカなに眠たいこと言ってんだよてめえ! てめえのミソのがよっぽど生焼けやわ! おのれら堅気はのうのうと毎日生きてるからに、毎日真っ黒焦げになって生きる俺らの気持ちなんて死んでも分からんのじゃタワケが! ええ加減にせんと二人まとめて沈めるぞごらぁ!」


 俺はカウンターの上の調味料の瓶や、メニュー表や煙草を腕で思い切り払って床にぶちまけた。

 シナモンの香りと胡椒、タバスコ、ラー油の香りが混ざり合い、エキゾチックで混沌とした空気を煙幕のように侵食する。


「言い過ぎよ……どういうこと……」


 マダム、泣き始める。


「…………」

「…………」


 お袋を泣かせた時思い出すから、やめろよ。


 俺は荒い息を整えながら、自分の行動に自分でショックを受けていた。


「……あのなあお前ら、だいたいからして勝手に話を進めすぎや。それに、なんか知らんけど勝手に勘違いして期待されたり願掛けされたりって、された方は本当に困るんや。わかるか? 俺は実は今日、組織もこのよく分からん便利屋ごっこも辞めるって腹決めて朝起きた。もう決めたんや、悪いけど。男が一回決めた事は大砲で撃たれても変えちゃいけねーもんや。だからこんな黴臭い背広引っ張り出してきた、最後くらいビシッとしないとと思ってな。礼服やぞ……もう意味わかるやろ。黒い色しちゃってるけど、俺の白装束やこれ。マダム、タヒチ、今まで世話になった。お前らの望む通り、俺は裏社会は辞めたる。せやけど、それと同時にあんたらとの付き合いも、これっきりにさせてもらう。それが俺の答えや。報酬なんかいらん。もう、一切の縁を切る」


 言ってやった。

 二人の電波が、気迫が、勢いが、空気の抜けた風船みたく、萎んでいった。


「世話になった。じゃあな」


 俺は、何も言わない二人に背を向け、見慣れ始めていたドアーを後ろ手に閉めた。






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