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「うああああああーもう、うざってえええええええ!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! うおはああああああああああああああ!! なんだよこれ!! 拷問か!! なに、こんなアホらしい事を俺より十三、四個したの大学生がみんな経験してるんかい!! うおおおおおおらあああああああああ!!」
「自分がいかにスカスカの人間か気付かされたでしょ。ヘチマだねヘチマ」
タヒチは雪見大福を食べながらコロコロと笑う。
「あーもう本当にな。反論の余地もヘチマもねえ、どうすりゃいいんだよまったく。しかもあ・れ・だ・けコケにされといて不採用って。ったくちくしょーロクでもない。就職活動って、こんなことやってたらそりゃあ電車に飛び込みたくもなるわなあ! 自尊心も自意識も固定観念もあらいざらい全否定されたらそりゃやってられんだろうなあ! 日本の社会ってほんっとにクソッタレやわあ!」
俺は不採用通知をクシャクシャに丸めてぶん投げた。
「言ってること全部自分に跳ね返ってきてるからね、気付いてるのかな」
「うっせえしゃらくせえ。……ああ、威嚇はしない約束だったな。あーもおおお!」
「ふふふふふ。苦しめ苦しめ」
「おまえ……おまえ俺ちゃんと日記につけてるからな! お前に言われた、んっじゃらくせぬがっ! ってなる言葉よ、ちゃぁんと記録してっからなこの野郎ざけんじゃねえっぞわれごりゃあ!」
「おーおー、根気が育ってきた証拠ね。 ありがと、ちゃあんと成長してくれて嬉しいよ」
「っせえ! 俺はヘチマじゃねえ! 観察日記を見返すように言うな気持ち悪い」
「ってとこで、次はこれやってみようか」
あいつは俺に開いた手帳を差し出した。
「あ? 次はどんな事を……バイト? 自給一九〇〇円!? なんでこんなに高い……遺品整理って……おいこれ絶対ヤバイやつだろお前。これ以上ややこしい事に巻き込むなよ」
「さて、遺品整理ってなーんだ?」
「死んだ人間の片づけするんか?」
「死んだ人の、持ち物の片づけ、ね。死んだ人間の片づけは君の本職でしょうが」
「つまらん冗談やめろ。で、なんでそれをやらなきゃいかん?」
「学ぶことが多いから。栄養たっぷりプリップリの教材じゃん」
「……。ちなみにこれ、給料はとうぜん俺のもんだよな? 働いた分は」
「もちろんさ。私はタコ部屋運営なんて興味ないし~」
「……まあ、それならええか。ふん。なにはともあれ金稼がなきゃな。男は金や、金。送迎してくれるんやろうな」
一度家に戻り、洗濯と洗い物だけ先にやっておく。炊飯器にも仕事をさせておいた。帰ったらホコホコの飯が待ってるぜ。俺もしかしたら主夫もやれるかもな、行動力と体力には自信あるし。
タヒチのランボルギーニに乗せられ、とあるボロ家にやってきた。
想像以上にひどい有様だ。
「うわぁ。どうしたんだこれは……荒れ放題だぞ。廃墟か?」
「今はね。ひどいでしょ。目も当てられないよね」
トタンや外壁の防火サイディングがヒビだらけで苔や蔦がびっしり。庭に置かれた野菜コンテナの中に溜まった水は深緑色でドロドロ、しかも異臭がするうえ、中で何か動いている。
庭だったらしい叢には三代くらい前の国産乗用車が無造作に停めてあるが、しばらく動かした形跡がない。ワイパーの間には泥や落ち葉が挟まり、タイヤの空気は抜けてぺちゃんこ。
生活ゴミのようなものや蛍光灯、壊れた扇風機、灯油のポリタンクなんかも庭に放り投げて風雨に晒されている。
「まず間違いなくやばい経緯を辿った類だな。どうやって仕入れた、こんな黒い仕事」
「孤独死の一種だね。今はやりの孤独死。五十六歳の工場派遣社員のおじさん。出所は業界のコネで詳しくは言えない」
「孤独死っつってもまま若いぜ……しかも変にリアルだな。正直あまり関わりたくないけどここまで来たらもう引くに引けないってのもある……」
「ところで、この人、妻子がいたんだよ。だけど色々あって離婚しちゃって、その後にこのおじさんはリストラにあって、それでも腐らずに工場で働き続けたんだけど、薬品系の工場は身体に悪い蒸気が出るでしょ? いわば労災だよ。それもちょっとずつ、小刻みにね」
「……けっ。世知辛いねえ。未だにそんな話あるのかよ。昔の公害の時代じゃあるめえし」
「されど労災。会社は自社の評判が堕ちたら取引上がったりでしょ。労災にはしなかった。それでどんどん身体を悪くして、このおじさん、喫煙者だった事もあるし、連休明けに出勤してこないっていうんで派遣会社のコーディネーターがおうちを覗いたら、窓の向こうで仏様ってわけ」
「軽々しい口ぶりだこったなぁ。だけど労災無視たって、そりゃ犯罪だろうが?」
「こんな事、今までに何度も直面してきたから。詳しい事までは聞けなかったけど、見舞い金を出して、これ即ち口止め料、って事だろうね、きっと。水面下ではよくある話だよ。公になるのは本当に氷山の一角なんだってさ」
「なんだそれ! おいおい、企業もやってること完全にアウトじゃねーか! マジの話なのかい?」
「うん。グレーとブラックのボーダーラインはどこなんだろうねえ~って思うよね。知ってる? 警察も転び公妨っていって、犯罪者と揉み合いになった時にわざと大袈裟に転んでみたり、制服を予め破れやすく加工しておいたりして強引に公務執行妨害に導くんだ。当たり屋と変わらないでしょ。世の中、意外とそんなもんだよ……って、これに関しては君のが詳しいかな」
「サツの連中、そんなセコい事してやがるのか」
「そう。だから世の中は滑稽なの。……さて、じゃあ動くよ」
「あいあいさ。はーあ、かい怠いねえ」
軍手とマスクを装着し、家に向かう。
廃虚とはいえ、他人の家に土足で普通に踏み入っていくというのは、気持ちの逸るものじゃない。
とりわけ、貧相な家になんて、余計に気が乗るわけがなかった。
「鍵はかかってないから。今日、ここで仕事することは大家さんに知らせてあるから大丈夫だよ」
「根回しに余念の無いこったな」
「……いや、普通のことだから」
――騙されないぞ小娘。
お前はきっと、依頼主から相当なギャラやらフィーを受け取ってる。
それで俺をうまいこと手足として使って、自分のマージンをがっさり掬うって魂胆だ。
俺の報酬は果汁を絞られてカラカラになった林檎だろ。
わかってからな、ちゃあんと――
玄関を開ける。
カタカタカタ、古い割には軽快な音の擦り硝子扉。
一歩、踏み込むと――




