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「おじさんならきっと知らないだろうけど、ライオンって雌が狩りをするんだよ」
なんかムカつく前置き。だけどそのセリフに見事に食わされる。
「あれ、狩りって雄がすんじゃねえの?」
「雄は群れの見張りとか、喧嘩ばかり。雌がエサを捕るために走り回るし、レンケイプレーもするの。なんか、人間の世界と似てるよね」
「……ってーと」
「そのまんまじゃん。人間も、男はタテガミみたいに格好だけ立派に見せようとして、自分は威嚇とか喧嘩ばっかりで実際にちゃんとしたお仕事とか家の事しないで、全部女の人任せにする人。こういう大人の男、私きらい。そういうのは、人間じゃないみたい。尊敬できない」
「……………………」
え。
* * *
「なあ俺、アウトゾーンにいると思う?」
「うん」
「即答っすか?」
「うん」
「ってなあ、おい、ちょっと。なあ」
「なに」
「どうしよう? えええ? 俺も、そうなの? そっち側なの?」
「逆に今までそこに気づかなかったのがすごいよね」
「いや、いやいやいやだってさ、俺には女とかいねえから仕方なくないか?」
「でも妹さんに食わせてもらってた時期はあったでしょ?」
「そん……そんなヒモみたいな感じじゃねえけど、ちょっと生活するうえで世話になったくらいだ、完全にアテにした事は一度もねえ! それに今は俺が妹の面倒を見てるんだ、お互い様だろう! 一体それの何がおかしいんだよ! 有名人だってそういう時期があったってやつ、いるだろうが!」
「はあ~。いい? 相対評価じゃなくて絶対評価で物事を考えようよ」
「んでおま」
「黙って聞く。あっちがしたからこっちもして当たり前とかじゃなくて、あれはあれ、これはこれ。分別。子供は大人の嘘をどうしたって見抜くんだよ、言葉は卓越してないから、上手に態度で示す。尊敬できない部分のある大人、大人として機能してない大人は露骨に嫌悪するものなの。本能なの、人間としての! それがひどくなるのが非行なんだけど、きっと大人の方は原因が自分にあるなんて嘘でも気づいちゃいないんだろうね。ここが恐ろしいというか悲しいというか、情けないねえ。はたから見たら面白いくらいはっきり分かるのに、本人だけが気付いてないっていうのもよくあるパターンなんだよ」
「……なあなあ、じゃあ俺はどうすりゃ尊敬されないダメな雄ライオンを卒業して、立派な雄として認めてもらえるんや?」
「あ、今いい言葉使ったね。立派な雄。ここだよ」
「というと?」
「男たるもの、の根底には動物としての雄の要素が絡んでるのは、わかるよね? 大人ならきっと、みんなわかるはず」
「あぁ、分かる。ニュアンスでな、わかる」
「そのためには、強さが必要なのは当たり前だよね?」
「ああ」
「じゃあ、その強さの柱はなんだと思う?」
「強さの柱っていうと、根気、根性、情熱、この辺か」
「ちがう」
「ええ……わかんない」
「や・さ・し・さ。やさしさ。思いやり」
「あ~」
「アホ面かいてないで、やさしさを身に着けるにはどうすればいいの? 考えて」
「それは」
三分経過。
「わからん」
思い当たる言葉は五つほど頭の中にあるにはあったが、下手に言うと揚げ足とられそうで言えなかった。
「はいじゃあ特別サービスで教えてあげる。恥をかくこと、これだけね」
「恥かくと優しくなれるんか? いや、むしろ大半の奴は恥かいたらヘソ曲げるんじゃねえかい?」
「ヘソ曲げるのは弱い証拠。ヘタレ」
「あ、はい」
「ってな訳で次のレッスーンいってみよーかどー」
* * *
いくらなんでもタクシーの運転手はねえだろ!
しかもウチのアパートに入居してるヤツらの会社なんて、この先の事はどうすんだ!
……いや、確かにボスの送迎はやってたよ?
でも、それとこれとは訳が違うでしょうが。そもそも、それはどっちかというとハイヤーだろ。
はぁ~嫌~。
「はい、では当社を志望されました動機をお伺いしたいと思います」
面接官は亀みたいな顔の白髪のジジイ。
いちおう社長らしいが、まともに経営できているのか怪しい。むしろ昨日の晩飯すら思い出せないんじゃねえか。こんなジジイに福利厚生だとか累進課税だとかの知識があるとは到底思えないのだが。
まあ俺もだけどさぁ。
「はい、自営業で細々やっていたんですが、食えなくなったのでどこかで就職しようと思いまして、病気の妹もおりますし、自分がなんとか稼いで家族を支えていこうと思い立ちました」
「へええ。大変な思いをされてるんですねえ。えっと失礼ですが、ご結婚の方は?」
「あ、未婚です」
「あら。三十六というと、もう小学生くらいの子供がいてもおかしくないくらいの年ですけどねえ。おめずらしい。昔はね、女はクリスマス、男は年越しそば。なんて言いまして……あ、意味はわかりますか?」
「すみません、ちょっと分からないです」
わかるかアホ。何の合言葉や。
「クリスマスは二十五日ですよね。年越しは三十一日。これは年齢に置き換えまして、だいたい私らの世代はこの年齢の時には結婚しないと、その後はもうズラーッと……というわけでして」
「……はあ」
その薄ら笑いをやめろ。馬鹿にしているのが顔に出過ぎだぞ出歯亀。
「ええ、話が逸れましたね。失礼。それと……大学は行かれなかったんですねえ」
「はい」
「どうしてでしょう?」
「家計が厳しくて」
「ご両親は健在?」
「いえ」
「あら。お二人とも、……?」
天井を指さす。
失礼だな。ほんと。
高度経済成長期の世代ってなんでこんなに異常者が多いわけ?
「ええまあ、はい」
「ふぅーんむ。あっ。自営業を経験されてますが、年商はどれくらいでした?」
「ええまあ、軽トラ一台ですから、せいぜい月に十万くらいいけばいい方で」
「年商をお聞きしたんですがね」
「は……ええ、あの、すると百二、三十万くらいですかね、はい」
「ふむふむふむふむ。年金とか払ってたんですか? あ、それじゃ社会保険も加入となると難しいでしょう。ご家族さんの扶養に入られてたんですかね? このご時世、年金はもうおそらくあたしらの世代がギリギリでしょうけど、やはり人間は先立つものが必要ですからねえ。へっへへ。あ、もちろん当社は厚生年金や健保はありますんでご安心を。それも三か月の使用期間を経て、翌月一日から加入となりますんでね……それと、現在は保険は国保ということでよろしかったでしょうか? 滞納すると厄介ですからねえ。七か月以上支払いが滞ると強制徴収の対象になるんで大変ですよ。借金と同じで焦げ付かせるともう文字通り火の車ですからね、あ、これは別にうちがタクシーだからってそれにかけたダジャレってわけでもなかったりあったりでもうほんと経営状況にもスタッドレス履かせて滑らせないようにしてっていう感性はもう今の若い方には廃っとれす、なんちゃって」
「…………………………っつ……………………」




