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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「それナ~イス! グーグーッ!」


 タヒチがマダムの太い腕を叩いて称賛の嵐を吹かせる。


「伊達にママやってる訳じゃないのよアタシ。今までどれだけ相談役をやってきたことか。年季の入り方が違うのよ、バウムクーヘンよアタシの脳味噌。愛の年輪ぐーるぐる♪」

「なんかやだなぁおい」

「やだってなによ! 瑪瑙ちゃん聞こえたわよぉ」

「いや、いや」

「もう、いいからさっさと天津飯食べなさい。愛の熱も冷めたらまず」「わかったから、唾飛ぶから黙っててくれや」

「作るだけ作ったらもう用無し? ひどいわぁこの人」


 洋梨みたいな体型しちゃってよう。

 しかし本当に美味いぞ。

 美味すぎて逆に腹が痛くなるわ。


「ふふふふ。マダムのポジポジ力は侮れないね。ってなわけで、絶妙なアルデンテの私のナポリタンも早くお願いね!」

「はいはい、お待ち遊ばせよ~はらはらは~」



 ――ポジポジ力、か。


 絶妙な柔らかさの蟹玉を一口掬うと、何か得体のしれない力を沸々と感じられる。

 ごま油の香り、卵の焦げた香り、湯気の温もり。

 まるで、一種のセラピーだね。



「おいタヒチよ。今度は俺が鬼やるぜ」

「おっけ~。どんなものでも打ち返しちゃうよ~」

「言ったな? 俺のはめっちゃくちゃ難しいぞ。……よし。どうしよう、俺、ハゲちまった!」

「ぶっひゃはは! そりゃ大変だ!」

「笑ってねえで、ほら、返してこいよ」



 タヒチはおしぼりで顔を拭いてから、顎に手をやって考えた。



「……えっとねえ。世の中には素晴らしいツールが溢れている事に気づけて良かったね」

「……その心は」

「ほら、たとえば入れ歯やカツラだって、人生をより良くするツールだよ。髪や歯が無くなるのはつらいけど、その穴を文字通り埋める技術が今はあるんだから」

「ほう」


 俺は天津飯を頬張りながら、奴の講釈に聞き入る。

 


「世の中には人生をより楽しくするツール溢れ返ってる事に気がついて、自分が恵まれた環境にいる事を思い知れる」

「……ちと理屈っぽい気もするけど、やるな。じゃあ次だ。甲子園を目指してる球児がいたとして、そいつが肘の故障で諦めた。こいつは実は将来は野球選手になりたかったんだが、もう肘は使うなと医者に言われたんだ。さあどうする」

「なに。なんか複雑なのぶっ込んできたね。ドラマ性まで持たせちゃって」

「これにつける薬はあるか? どうだ?」

「負けないよ。ちょっと待っててね」

「ああ」


 また顎に手をやる。こいつの癖か。


「あ、でーきた」

「よし。来い」

「新しい哲学と夢に出会える」


 人差し指まで立てて。自信満々だな。


「その心は?」

「まず、誰の人生も一本の線路だけれども、そこには何台もの列車を走らせることができるってことに気付く」

「……はい?」



 なに?



「比喩だよ」

「よくわからん」

「たとえば人生っていう線路があるとしてさ、そこに野球選手っていう電車と甲子園っていう電車が走ってるとする」

「……おう」

「そのどっちも、何らかの理由で目的地に着くことが出来なかったとする。目的地に着かないっていうのは、夢が叶わないという事ね」

「お、おう」

「運休も事故も、あるときはあるんだからといい意味で開き直って、前向きに見直したとき、その二両の電車はダメだったけど、線路はまだ続いてる事にまた気付くんだ。線路が無くなった訳じゃない。という訳で、その球児は一生懸命勉強していい大学に入って、学校の先生になる。それで野球部の強い高校で教師をしながら、自分が大好きな野球を球児らに指導して、そのうち地元で有名な名監督になる。高校教師という新しい電車が走るんだ。そのほかにインストラクターやトレーナーなんかもありかもね」

「なるほど。つまり、自分の線路にどんな電車を走らせてもこっちとしては勝ちだという事やな」

「そうだよ。電車を走らせさえすれば、もう勝ってるの。たとえすぐに電車が用意できなかったとしても、線路は続いていく訳だから落ち着いて準備して、またいつか電車を走らせればいいんだから。自分の路線だけに、自分の時刻表に従って、自分のペースで運行すればいいの」


 しかし、そんな風に俺は考えなかったな。

 こんな考え方、どうしたらできるようになるんだろう。

 内心、感心させられたよ。


「よーし。次いくぞ」


 俺は天津飯を食べ終え、お冷を飲み干して居住まいを正した。


「ちょっと待って。いったん休憩しようよ。もう三十分経っちゃったよ?」


 タヒチはテーブルに腕を組んで、そこにペタリと頬を載せた。


「んだよ~盛り上がってきたのによ~」

「ふふふ。なんだかんだ言って、ちゃんと楽しんでるじゃん君も」

「うるせえわ。でも思いのほか、いいなこれ」

「でしょ? 人間は頭か身体を使うのが楽しいようにできてるんだもん。ところで、そろそろ結果発表するね」

「……え。なんの結果」

「今のゲームを通じての、君の思考の癖を調べさせてもらった結果」

「ちょちょちょ、待て。なんかの実験だったわけ今の? え?」

「そんな構えなくていいよ。ただ考え方の癖をみただけだから。って、そこだよ! 君はちょっと物事を固く考えすぎなの。もっとやわらか~く、リラ~ックス。ふああ~、はぁぁ~って感じ。なめらか~に、そぉふとくりぃぃぃ~むって」

「……………………」




 それは、

      いちおう、

          自覚あるんだ。




「ひょっとしてさ」




 タヒチは少し真剣な顔になる。

 俺は無意識に心を緊張させる。



「君の舎弟だった人、いろいろプレッシャーに感じてた部分、あったんじゃないかな」




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