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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「魂っていう漢字はよく見ると鬼っていう字がセットに含まれてるでしょ。たまには鬼になる必要もあるって意味だと思うの。それが知性じゃないかな。栄養たっぷり弁当みたいな感じでさ、全部が全部、存在意義があるってことだと思う」

「そういう割に、お前はいっつも、鬼だな」

「きびしくし続けなきゃいけない人も中にはいるの。あとすぐひねくれたような顔をするところも、ブーだな」

「はいはいはいはいはい! わかりましたよっ! 運転中は黙ってろ!」


 車を駐車し、ドアを思い切り開けて、思い切り閉める。どこかの部品が今にも外れそうな音で振動する。


「あら、ごきげんよう瑪瑙ちゃん! 車、変な音してたけど大丈夫?」

「あーお疲れっす。あんな粗大ゴミ、元から壊れてるから気にしなくていいですわ」


 相変わらずの存在感だ、マダム・カフェオレ。またまたぁ、と嬉しいんだか困ってるんだか分からない笑顔が返ってくる。


「マダムおっはよ。朗報持ってきた。今日はこの人、飛び級したよ」


 タヒチは妙にうれしそうにマダムに報告する。

 傍らで聞きながら、なんだか、むず痒い気持ちに頭皮が痒くなる。


「あらぁほんとに? やっぱりね、アタシが思った通りだった。イイ筋してんのよぉ~、アタシの目に曇りはないからさぁ。経験値、経験値。ダテじゃないの。上げちゃいけないのは血糖値。なんちゃって。今の笑うところよ」


 咳払い。


「……まあ、あれだ。マダムの見込んだ通りかな? それはこれからのお楽しみだね~」

「はあ、あはは。そだな、はい」


 なんか、なんでもいい。

 それより俺は疲れてヘトヘトなんだ。

 履きなれない靴のせいで発生した、両足の小指の鈍痛に足取りさえ頼りなく、最寄りの席に尻を置く。

 

「ところで瑪瑙ちゃん、今までずっと不良の世界にいたんでしょ?」


 天津飯を注文しようとした時、マダムは急に真剣な顔つきになった。本当に唐突の閑話休題だ。


「え……ええ、まあ、そうっすね。正確には、自分はまだあっちの世界に席があるんすけどね」


 マダムの顔が一瞬、険しくなった。俺は言葉にならない不安感に襲われる。


「足洗いなさい」


 短く、そう言った。

 厳かに、厳しく、告げた。


 まるで刑を宣告する裁判官のようでもあり、イタズラを咎める母親のようでもあり。


「………………」


 俺は、胸の中がしゅんとなって何も言えなかった。

 胸と頭を行き来している灼熱のマグマの正体は罪悪感でも、焦燥感でもない。


 それよりもっと冷たくて、熱い何かが、そして恐怖心――俺を凍てつかせ、焦がしてくる。


 返事のない俺に、マダムはもう一度、「そういう世界からは、早く足を洗いなさい」と、さっきよりも強く釘を刺してきた。


「不良なんて、やめてちょうだい。アタシからのお願いよ。ね、瑪瑙ちゃん」

「うるせえ顔デカ」「カフェモカだっつーの」


 タヒチも、ただただ目を丸くして俺とマダムを交互に見ている。

 一瞬の沈黙。


「……まぁ、ちょっと考えとくわ」

「実際のところさ」


 ここでタヒチが割って入る。俺は返事をせずに奴の方へ向き直って頬杖をつく。


「へい」

「実際のところさアウトローをやる中での幸福感というか、充実感みたいなものはあったわけ?」


 きっと本心からの質問なんだろう。他の質問の時とは少し表情が違った。


「ふん。そんなもの……ねぇさ」


 俺は鼻で笑い、お冷に口をつける。



 ――冷たい。



「つらかったでしょう。でなきゃ、こういう風にタヒチちゃんが声を掛けること、ないもの」

「それも、そうか。ごめんね瑪瑙さん」


 タヒチがころりと謝った。


 その意外な面に俺は少し戸惑う。

 らしくない。

 

 しかも、初めて俺をさん付けで、ちゃんと呼んだのだ。こちらとしても虚を突かれる。



「いやいや……ええよ。そんな水臭い、調子狂うからやめてくれ」


 グラスを置く。広い店内に、コトン、という湿った硬い音が響いて、そして高架を走り抜けるJRの列車の轟音に飲み込まれていった。


「なあ、この際だから俺からも聞きたいんだけど。おまえ、このカウンセラーみたいな仕事をしていて、幸せなのか?」

「もちろん!」


 そんなにキラキラしてくれるなよ……俺の肩身……。


「そ、そうか。めちゃくちゃ嬉しそうだなおまえ」

「ここまでやりがいとワクワクに恵まれる仕事も、そうそうないんじゃないかと思うなぁ。色々あったけど天職見つけちゃった。ねえ瑪瑙さん、あなたのカリキュラムが終わったら、あなたも私と同じ稼業に就かない?」

「いや、それはちょっとな」

「え、ダメなの?」

「ダメというか……なんというか……」


 嫌とかそういう問題じゃなくて、そもそも俺にそんなものは務まらん。


 誰かの面倒を看るなんて、ボスと虎目でいっぱいいっぱいだっつーの。


 ただでさえ今はそこに妹とカナコちゃんまで載っかってんのに。これ以上誰かの世話を焼くなんて、そんなことしたら俺自身が死んじまう。過労死だけはしたくないぞ。


「それか、アタシみたいに店を持つっていうのはどうかしら? もちろんまっとうな商売の店よ」


 ふむ。

 店か。

 悪くないが、俺にはネタがない。商売になるものがなにもない。


「まあ今後の事はおいおい考えるていくとしますわ。それよりマダム。あのうめぇ天津飯、大盛でくれや。先に腹ごしらえしないとな。腹が減っては戦はできません、って言うしな」

「また上手に口車に乗せて」と、タヒチが横で愚痴る。

「……わかったわ。ねえ瑪瑙ちゃん、これだけは、約束してちょうだい。裏社会からは必ず足を洗うこと。あなただけの問題じゃないのよ。あなたが居なくなったら困る人が、必ず三人はこの世にいるのよ。どんな人でも、居なくなって悲しまない人はいない。しっかり考えといてちょうだいね」


 マダムは調理場に向かいながら、後ろ手にそう言い残した。


「あ、マダム、ラー油たっぷりで頼むよ」

 またお決まりのお待ちあそばせ、だってよ。普通に言えばいいのに。


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