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指さされた方向を見ると、何やらゴテゴテとエアロパーツが付けられたワゴン車がバックで駐車しようとしている最中で、大きな音で音楽を鳴らし、男女数人が運転手にオーライオーライを言っている。
「若造だな。お前と同い年くらいか?」
「なにかおかしいでしょ?」
「え?」
「もう、変なところで鈍いね。ほら、あそこは障害者用の駐車スペースでしょ。どう見ても障害者じゃない連中が停める場所?」
「あ、ほんとや。こりゃいかん。ちょっと注意すっか」
「うん。こういうところは君らしくガツンとやってよ」
「おう、ちょいと待っとれ」
俺はジャケットの襟を直しつつ、爆音を轟かせているワゴン車に近づいた。
近くにいた子連れのお母さんたちは、迷惑そうな顔で子供の手を引いて離れていく。
「おい兄ちゃんらよ」
俺は堂々と声を張る。
「え。なんすか」
軽薄そうな茶髪のロン毛、田舎くさいスエットにジャージという服装、かっこつけたいのが丸見えの、みっともないタバコの吸い方。安い炭酸飲料。踵を踏んだスニーカー。ブサイクなぬいぐるみ。
馬鹿な若造連中のテンプレかよ。
天ぷらにしてやろうか餓鬼ども。
「あら~どこに車停めてんかな~」
「……はい?」
「おいちょっと音楽止めようや。会話にならんし、ここは静かにする公園や。ビートやめようや」
ここで外にいた女が運転手に何か言い、音楽が止まる。
「お前らなんや、そんな若くてスリムでタバコ吸いまくっとるのに障害者なんか」
「……何が言いたいんすか。てか、あんた誰よ?」
おい、こいつら、俺の面みても怖いとか思わないのか。
だいたいの人間は、俺の顔を見れば察するものだぞ。
「お前らみたいなアホがな、身体の不自由な人が停めるところに車停めたら本当に足が悪い人間が困るやろって言いたいんや。そうやなくても、周りで見とっても気分が悪くなるんじゃ。ええからどっか行け。ここはお前らみたいなきったねえ奴らの来るところじゃない。きたねえゴミは向こう行け。しっしっ」
若造たちは顔を見合わせると、行こう行こう、とコソコソ言い合い、謝ることもなく車に乗るとすぐに爆音でどこかへ消え失せた。
「……ケッ。あんなの未だにおるんやな。バブルの頃で終わりかと思ったわ。感じ悪ッ」
ほっと一息ついたところへ、いきなり婆さんが話しかけてきた。
自分の脇の下あたりから声がしたものだから、ひっくり返りそうなくらい驚いた。
「ありがとうございます」
「え、あ、どういたしまして。なんでもないですわこんな事」
「ええ、ええ。ああいう人が来ますとね、小さい子供らが怖がるでっしゃろ? あたしら年寄りがなんぼ言うても聞きやせんし、余計につけ上がるだけですからねえ。あなたみたいにびしっと言ってくれはる人がいると、ほんまに助かるんですわ」
とても小柄な婆さん。大きな眼鏡の奥で小さい目がにっこりと笑う。
「当然のことしただけですわ。ほんならこれで失礼」
「ああ、ちょっとまって、お兄さんにこれあげる」
婆さんは何やら、バックの中から小瓶を取り出した。
「これ……うちで漬けた梅干しなんじゃけどなぁ。高校の時の同級生にあげようと思ってたけども、留守だったから、もうお兄さんにあげる。塩がちょっと、きついかもしれんけど、それはもうババアの事やから多めに見てくれたら」
太陽のように優しい笑顔。
「え、あ、いいんすか? ありがとうございます!」
「ほんなら、おおきにね」
婆さんはよったよったと行ってしまった。
頭の上から一本の糸で引っ張られているような、フワフワした感じがする。
「………………」
俺は手元のずっしりと重い小瓶を見下ろす。
鉄の蓋を開けてみる。しょっぱい匂いに、口の中に一気に唾液が満ちてくる。
赤々と鮮やかな梅干しが十二~三個ほど入っていた。
こんなことって、めったにないぞ。
なんなら、初めてのことだ。
「良い事をすれば、必ずそれと同じ重さの良い事が返ってくる。実感したでしょ?」
いつの間にか真後ろに立っていたタヒチがキメ台詞のように得意げに言う。
「まさか、こんなすぐに見返りが来るなんてな」
自分でも笑えてきた。
「かなり早い方だよ。五年や十年経ってから見返りが来ることもあるけど……でもまあ、時間なんか関係なくて、あなたの中でこれは大きな進歩なんじゃない? 神様も、実感させるために即レスしてくれたんだって事にしておこう」
「そう、だな。そういうことにしとこーか。それでいいわな」
「これまでの君は、さっきの若者たちと同じような事をしてたわけなんだから。それを、いけない事だと判断して、注意した。これはなんでもない、子供みたいな事かもしれないけど、でも実際はもっともっと重大な事なんだよ。大きな進歩。よくやったね」
「うるせえ、あんまり褒めんなや。年下に言われるとなんか腹立つわ」
「はーいはい。なんでもいいですよ~」
タヒチは、俺よりも何倍も楽しそうだった。
その姿を見て、ずっとこういう彼女を見ていたいなと思ったりしたが、自分みたいなオッサンにこんなこと思われていると若い彼女は酷だろうなと思って、顔には決して出さないよう努めた。
梅干しを一粒、口に入れる。
はちみつ梅。梅干しの癖に甘みもある。
甘酸っぱい梅を口の中で転がしながら、自分の初恋はいつだったかなと、遠くで無邪気に遊ぶ子供らを眺めてしみじみした。




