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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「なに飲む。俺のおごり」

「あ、ありがたいな~。私はこのアイスコーヒーにしよっと」

「あいよ。こういうのはよく振ってから開けた方がいいぜ」

「おっけー」


 自動販売機で飲み物を買って、傍の錆だらけのベンチにそっと腰を下ろす。


「あー。懐かしすぎてなんか悔しくなってきた。俺も歳とったんだなァ。オッサンだぜ。あーあ」

「思えば遠くへ来たもんだ、ってよく言ったもんだよね」

「本当にな」


 一瞬、間が空いた。


「ねえ。君は本当は何になりたかった人?」


 きた、答えに詰まる質問。


「えっとだな」

「三十年前の、君が答えてね」

「……………………」


 俺はたっぷりと酸素を吸い込んだ。そこに思いの丈を浸み込ませて、吐き出す。


「何か人の役に立つ仕事をしようって思ってたかな。五、六歳だったから、曇りも屈託もない目で世の中見てるだろ。消防士、救命士、自衛官、公園を掃除してる人、自販機に飲み物を補充しに来る人、その飲み物と自販機を製造してる人……仕事をするっつー事は、どんなことであれ誰かに何らかの貢献をしてるってーのだけは、当時の俺でもはっきりわかってた。目の前に成果が無くても、いつかどこかで誰かが笑ってくれるはずなんだって。だから自分が木の実を集めたり、砂の城を創る事も、きっと誰かに役に立つことで、だから俺は毎日こうするんだって、遊びに使命感を持ってたな。我ながら、立派な子供だったんだぜ」

「ふむふむ。なかなか面白いこと言ってる」

「だろ。俺って実は頭いいんだぜ。ところがどっこい。三十年後に来てみれば、どーゆーわけかゴロツキみたいになってたな。はっはっは……何の役に立ってるんだろうな、今の俺は」

「たぶん、何の役にも立ってないねえ」

「わかってるよ、うるせぇ……そうだ、これだけは言わせてくれ。中学に上がった頃からいらねえ知恵がついたというか、気付かなくていい事にどんどん気付いていっちまったんだわ。うちは貧乏だとか、俺は学校の勉強は出来ないから将来の選択肢はもう絶望的だとか、うちの親は世間一般からみたらどうしようもない人間だとか……そういう、気付かない方が幸せだった事に、まあ大人になっていく訳だから気付いていって、そっからあれこれといらねえもんばかりくっ付けちまって、気付いたら今、これさ。どうだい? ある意味で被害者だろ。俺だって俺なりに一生懸命生きても、こうなっただけだ。自業自得って言葉だけで足きりするのは、薄情ってもんだろ」

「なるほどね。でもそれ、自分が勝手にそう思っていたって節も、無かったわけではないんじゃない?」

「どういう意味や?」

「たとえば家が貧乏だって事が分かっても、自分の努力次第でどんな場所へもいけると思う事が出来たはずだし、実際に貧乏を乗り越えている人なんてもう世界中を見れば無尽蔵にいらっしゃるわけで。なんでもそう。病気だから、障害があるから、景気が悪いからってなにもかも負い目ばかりを優先してしまって、自分が手を伸ばす事をしない、それでいて今の状況に不満があるようなら、もうそれってどうしようもない事だよ。人間性、人間性。言い訳に使える出来事なんてたくさんあるし、その時の君はそれが正解だと信じて疑わなかったんだろうけど、でも正解なんて時間が立てば変わるものだからね。君が昨日選んだ正解は今日にはもう過去の話であって、明日それが最悪の方向に転がっても誰にも文句を言えない、それが人生を渡っていく上での基本の基本だよ」

「んなこと、いちいち餓鬼に説教されなくたってわかってるよ。でも世界は残酷なんだ。お前にはまだ本当の世界が見えてない。おまえの言い分は、確かに理論としては成り立ってるが、まだまだ詰めが甘いんだよ」

「詰めが甘いのは承知の上で言わせてもらうけど、状況がどうしようもないんじゃなくて、その考え方、生きていく姿勢がどうしようもないんだよ。ここを覚えておいてほしいんだけど、人生で最大の過ちって、お年寄りの人たちの意見を纏めてみると、良くも悪くも早合点し過ぎたってところなんだよ。きっと、六十歳を過ぎたくらいからそういう事にみんな気付くんだと思う。だけどそのことを聞かせてもらった私たちはいまから、そのアドバイスを活かしていける」

「……早合点?」

「そう。君の父親は話を聞くかぎり、確かに困った人だったみたいだね。だけども、その困った親の元に生まれた自分はもうどんなに努力しても、人生のベースが壊れてるんだから無駄だ、そう思わなかったって言ったら、正直どう?」

「……」

「百パーセント思わなかった、って言ったらウソになるはずだよ」

「ま、まあな。うん」

「それどころか、かなり思ってたと思うよ。そうでしょ? いじけてたでしょ? じゃなきゃ裏社会になんて絶対に手を出さないからね、普通の人は」

「あぁそうだよ。当たってる」

「おっけい。よく言ってくれたね。でも今はどう?」

「どうって、なにが」

「あの頃を思い返して、自分が早合点してたな、自分の中で自己完結して、やたらめったら悲観して、いじけて投げ出して怒り狂って、その結果こうなったのはあの頃の自分が色々と足りてなかったからだとか、そうは思えてこない?」

「……わかった。お前が俺に何を言わせたいのか。環境のせいじゃなくて、今のようになったのは結局」

「「自分の責任」」

「ってこったろ」

「そう。さすが鋭い」

「伊達に言葉攻めの世界にいたわけじゃねーからな、ある程度は察してるよ」

「なるほどね。でも、気付いてくれて本当によかった。人生は才能や学力や体力でも確かにかなり進路が決まるけども、下手をしたらそれら全部をぶっ飛ばす能力の一つに〝気づき力〟っていうのがあってさ。人生、どこかで損をしても必ず予想外の形で何かの恩恵でそれを埋め合わせてもらえたり、逆もまた然り。この事はもっと後から言おうと思ってたんだけど、君が予想以上に鋭くてカリキュラム前倒ししちゃった。ふふふ」

「そうか。それって喜んでいいことなのか」


 あいつは不思議そうな顔で振り向いた。


「え? ここ、喜ぶところだよ?」

「……そうか、そうか……」


 俺は訳もなく、すぐに目を逸らしてしまった。



 どことなく晴れやかな気分だ。

 楽しい。愉快。おもしろい。

 そんな言葉が心のどこかで一瞬だけ、ぼんやりと光った。



「さあ、ここで何か気付く事はないかい?」

 奴はいきなり、問いかけてきた。

「気付く? えっと」


 あちこち見まわしてみた。

 だめだ、わからない。


「気付かない? ほら、あそこ」




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