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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「へえ。あんたが下戸かい」


 黙って首を振る。


「マダムはね、お酒の事故で大切な人を亡くしてるの。まだ完全には立ち直ってないから、あまりそこは触れないであげて」


 タヒチがフォークに刺したウインナーソーセージを齧りながら似つかわしくなく真剣な様子で説明する。


「……そうか。まあ人生色々あるわな、お互い」

「ええ。そうね。本当に、おてんとうさまも気まぐれよ」


 それから夕方まで、店でダラダラとたわいもない話をして過ごした。気付いたら三時間も経っていた。


「なんか悪いな、ここも持ってもらっちゃって」

「いいよそんなの。それよりマダムとはこれからも上手くやれそう?」

「……もうちょっと時間をくれや」

「ん、おっけい」


 帰りの車の中で、タヒチはこれからの計画を俺に話した。

 どうやら俺の成長度合いに合わせて段取りを踏むのが基本スタンスだが、かなりスピードをかけて進めていくという。


「おい。本当にこれから先も俺に何かする気なのか?」

「もちろん。だってそれが私の仕事だもん」

「仕事ったって、どこから給料出てんだよ」

「ふふふ。それはまぁ、内緒内緒。お金よりやりがいさ、この稼業は。定時も休日も決まってないし。主婦業とどこか重なるね。ずっと尽くすんだから」

「よせよ気持ち悪い。それに、気安く言ってるけど、主婦の皆さんはもっと苦労してるんだぜ」


 家に戻り、奴の車が出ていった所にムーヴを駐車する。


 今日はとても長い一日だった。

 車の中で十五分くらいかけて煙草を吸って落ち着いてから、家に入る。


「ただいま」


 扉を開けて、奥の方に食卓を囲む二人が見える。


「おかえり」「おかえり~!」


 妙な気持ち。


 普通の家庭、普通の家族。

 それを、自分がそれを持つ身になったような気が一瞬だけした。


 絶対に無理だろう、自分とは一番遠いものだろうと思っていたんだけどな。


 揺らぐというか、なんかこう、いいな~っ……て。帰ってきたら部屋に明かりがついていて、食事があって、おかえりと言ってくれる人がいるって……。

 それはそれで一つの財産なんだって――あのとき心のどこかで思ったんだ。



「みてみて。今日はカナコちゃんが好きだっていうカレーを作ってみたんだけど、この子のお母さんとは味が違うみたい。だけどちゃんと食べてくれたよ」


 妹は料理をしたらしい……久しぶりだ。カレーのいい匂いが鼻をくすぐる。


「なんだおまえ、料理なんかして大丈夫なのか。寝てなくていいのか?」

「大丈夫、大丈夫。今日は身体が軽かったから、リハビリの一環でやってみた。久しぶりすぎて下手くそになっちゃったけど、お兄ちゃんもよかったらどうぞ」


 席についた俺の目の前に、カレーライスが置かれた。


 ――妹のカレー……最後に食べたの、もう十年くらい前だな。


 サプライズ好きな妹は、俺が喧嘩でボロボロになって帰ってきてもちゃんとカレーを用意して待っていてくれて、何も言えない俺は黙ってビール飲みながらそれチビチビ掬ってたりして。そんな日々が今思えば、ものすごく幸せだったりして。


「――いただきます」


 覚えてる。忘れないもんだ。

 うんざりするほどの甘口。だけど野菜の旨味を引き出すのが上手で、クセになる味。


「おいしい?」


 なぜか、カナコちゃんが聞いてくる。

 溢れる感情を堪えて、飲み込む。


「うまいに決まってんだろ。俺の妹、お料理じょうずだろ、このお姉ちゃん。どうだ?」

「うん! だからわたしも大人になったらカレー上手に作れるようになりたい!」

「おうおう、そんでもって俺にごちそうしてくれや。その時まで生きていられたらな」

「生きて生きて! 私のね、旦那さん紹介するまで生きて」

「おいおい、本当に親みたいじゃねえか、その感じだと」


 なんだろうか、この平和な感じ。

 こんな時間がもっと長く続けば、そう思った自分が全く自分自身だと思えなくて、さっさと食ってしまってからシャワーを浴びて、晩酌にビールを呷り、酔いが醒めないうちに寝てしまった。




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